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TIMELESSPERSON

2024.05.20

次回作「海のはじまり」を執筆中の脚本家・生方美久の自宅事情

令和の清少納言を目指すべく、独り言のようなエッセイを脚本家・生方美久さんがお届け。生方さんが紡ぐ文章のあたたかさに酔いしれて。【脚本家・生方美久のぽかぽかひとりごと】

すきなものに手が届く。

部屋が狭い。27歳のとき、地元群馬から上京した。そのときは同居人と二人で住んでいたので、間取りは1LDK、リビングもそれなりの広さがあった。その後、一度引っ越しをして現在は一人暮らしをしている。部屋が狭い。もう口を開けば「部屋が狭いぃ」と無意識に言葉が零れ落ちてしまうほどに、部屋が狭い。

部屋が狭い原因はふたつ。ひとつはケチって(今後の収入が不安で)狭い部屋に引っ越したから。もうひとつは物が多いから。物が多い。毎日帰宅して部屋の電気をつけるたびに「物おおぉ」と新鮮に驚く。時々寝てる間に物に溺れるんじゃないかと不安になる。物を捨てられないタイプというやつではない。なんなら年末でもないのに突然思い立って大掃除をして、でかいゴミ袋を3つほどドサッと捨てたりする。なのに物が多い。部屋を見渡してみると、まず服が多い。あとは書籍類とCD・DVD。でかいゴミ袋3つの中身は毎回ほとんど服。捨てられないし場所を取るのは、圧倒的に書籍類。

脚本家の仕事は、書く時間よりリサーチの時間のほうが長かったりする。わかりやすいところで言えば、「silent」のときは手話に関する本を読み漁った。「いちばんすきな花」は多分何かを熱心に勉強しなくても書けるっちゃ書けるストーリーだったけど、主人公たちの仕事にまつわることはある程度リサーチする。ゆくえちゃんは塾の数学講師で、希子ちゃんは中学二年生の設定だったので、中二の数学の問題集を買って一冊解いてみたりもした。点Pとか空間図形って中二でやるんだ、そうか、そうか……とそれが脚本のなかで活かされることもある。なんのこっちゃわからない方は「いちばんすきな花」を見ていただきたい。将棋のルールもさっぱり知らなかったので、羽生善治さん監修の小学生向けの本でお勉強した。難しかった。そんなこんなで、脚本に活かされたり、何の役にも立たなかったりしながら、執筆前にいろんな本や資料を読み漁るのです。そうなると、お世辞にも読書家とは言えないわたしの部屋も本だらけになっていく。しかも執筆のために買った本はなんとなく捨てにくい。手話の本を捨てようとすれば紬ちゃんを思い出してしまうし、将棋の本を捨てようとすれば夜々ちゃんを思い出してしまう。次回作「海のはじまり」の執筆に向けてもいろいろ読んだ。内容と直結するので何の本かは伏せるけど、いろいろ読んだ。そして、絵本もたくさん買った。絵本……絶対捨てられない……。図書館にもお世話になったが、やはり手元に置いておきたいという気持ちになるものである。あとはすきな脚本家さんやすきな作品のシナリオブック。言わずもがな、捨てられるわけがない。

こうしてわたしは、物に溺れていく。

カネコアヤノさんがすきだ。すきな曲はたくさんあるが、特にすきなのが『やさしい生活』。聴くたびに、こういう脚本が書きたいと思う。なんでもない生活の中にある喜びとわだかまり。大きな不幸はないけど、どことなく不安な毎日。思う未来は、コンパクトミラーにときめいていたいという気持ち。この曲の中に「家はそんなに豪華じゃなくていい 不便なことがひとつくらいある 好きなもので散らかるくらいがいい」という歌詞がある。そうなんだよな。すきなもので散らかってる部屋の愛おしさは、狭い部屋だからこそギュギュっと感じることができる。きっと広い部屋に引っ越してしまったら、定位置であるベッド(ソファや椅子の置き場がないので起床後もベッドの上で生活しています)から、わたしのすきな服や本やCDは、手が届かなくなるのだ。

買い漁った絵本の置き場がない。もう数か月の間、テーブルの上に10冊以上の絵本がドドンと積まれている。その上に箱ティッシュがある日もあれば、一時的にお菓子を置いたり、目薬や絆創膏やくしやヘアゴムが置かれている日もある。目に入る度、「あぁ、絵本どっかに仕舞わなきゃ。本棚いっぱいだ。本棚買うか。いやどこに置くんだよ」と一人でぶつぶつ言いながら、積まれた絵本の上にテレビのリモコンを置いたりする。

絵本には大変申し訳ないが、それがなんとなく居心地いいのかもしれない。仕事ために買ったもの、でも確実にすきなもの。いつの間にか、ドラマの中の登場人物たちとリンクして、「仕事のため」だけでない意味を持つようになる。それらが生活用品の中に紛れていることは、とても豊かなことに思える。

連ドラ3本目を書けても、今後の生活は不安だ。ただでさえ心配症なので1円単位で家計簿を付け、通帳の金額をしょっちゅう気にする。気にしても増えないのに。ドカン!とお金が入る月もあれば(脚本料や初回の印税)、このエッセイの原稿料だけの月もある。連載をしてなかったら、収入が0円の月もあるってことだ。怖い仕事だ。0円では生活できないので貯金を切り崩す。だから「貯金がいくらか」が明確にわからない。それがまた不安になる。

広い部屋に引っ越したい。引っ越せないほどお金に困ってるわけじゃないが、先の見えない恐怖で踏み込めない。それにどうせ引っ越すなら思い切って家賃を上げた素敵なお家に住みたい。けど、今のこの生活のなんともいえない鮮やかさは忘れずにいたい。ベッドの上で脚本を書いたり、ベッドの上でドラマを観たり、ベッドの上にいても散らかったすきなものたちに手が届くこの豊かさは、きっと狭い部屋でギュッと縮こまっている今しか感じられない。この感覚を大切に胸に仕舞って……さっさと広い部屋に引っ越したい。引っ越したい!そんなに豪華じゃなくていい!不便なことがひとつくらいあっていい!すきなもので散らかった広い部屋に住みたい!

生方美久(うぶかたみく)
1993年、群馬県出身。大学卒業後、医療機関で助産師、看護師として働きながら、2018年春ごろから独学で脚本を執筆。’23年10月期の連続ドラマ「いちばんすきな花」の全話脚本を担当。

TEXT=生方美久

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