日ごろから“言葉”についてあれこれと思いを巡らせている壇蜜さんの連載『今更言葉で、イマをサラッと』第62回目。言葉選びと言葉遣いが、深く、楽しくなる。そして役に立つお話。どうぞお楽しみください!
その62『よろしく』
我が母校は厳しい校則のもと生徒を監視…じゃなかった、育成するような所だった。授業中に後ろを向いたら「非行」と言われ、教師とすれ違う際には歩行を停止して一礼する決まりがあるなど、他者が驚愕するような校則エピソードはかなり持っているつもりだ。しかし上には上がいる。知人女性は更に厳しい校則で知られる某有名女子校出身で、先生や先輩の指導に背けば容赦ない叱責をされ、親まで呼びだされたという。
彼女は新入生の時に部活の先輩に「○○です。よろしくお願いします」と言ったら「よろしくするつもりはないけど、どういうつもりで言ってるわけ?」と返されて青ざめたらしい。そして即座に悟る。「とんでもない所に入学してしまった」と。
よろしく、がいけなかったようだ。よろしくには「便宜を図る」「適度にこなす」「上手い具合に処理する」のようなホドホドに頼んます的意味がある。今でこそよろしくお願いいたしますと頭を下げて敬意を表せば、目上の方に向かって言っても失礼ではないという風潮になった。よろしくのように、誤用しているわけではないのにそこまで厳しく言葉を取り締まったところで誰もトクなどしないぞ?…な考えがジワジワと世間に知れ渡ってくれるといい。
しかし私や知人が学生の頃は、上記のようなこだわりを持つ年長者も少なくなかった。軟派な事を言われた、軽んじられたと感じて知人を突き放したのは分からなくもない。もしかしたら以前に先輩自身も同じような対応をされたのかもしれない。言い方はキツいが、何かしらの事情があったのだろう。恐い先輩として距離を置かれ、本当に困った時に救いの手が遠のく可能性が高まる行く末が待っているというのに。
よろしくが軽々しいものではない世の中になったとしても、よろしく以外にも類似する表現は知っておいて損はない。世間にはいろんな人がいる。「ご指導お願いいたします」「ご検討お願いしたく存じます」「ご理解賜りますよう懇願申し上げます」…時代に逆行したような表現と思われそうだが、これらを操り、言いがかりのような文句や揚げ足取りをスルリとかわしてもらいたい。ケンカは売られる前に放棄の2023年に。