日ごろから“言葉”についてあれこれと思いを巡らせている壇蜜さんの連載『今更言葉で、イマをサラッと』第61回目。言葉選びと言葉遣いが、深く、楽しくなる。そして役に立つお話。どうぞお楽しみください!
その61『無理』
夫婦や男女、パートナー同士の行動心理について研究されている専門家によると、揉め事が起きて妻や彼女が「もういい」「放っておいて」「あっち行ってよ」等の言葉を発した場合、言われたとおり本当に距離を置いたり放置してしまうと戦況は益々悪化するという。揉め事の最中における「私の前からいなくなって」的なメッセージは真逆の意味と捉えよ、と専門家は唱えていた。「本当にいなくなったら許さない、何とかこの場と私のことを取りもって」というのがほとんどの話者の本音だそうだ。
確かに言われたとおりにして関係性が改善された事案はないような…様々なカップルや夫婦の話を伺う限りそんな気がしてきた。それならばと、ギュッと肩を抱きしめ「そんなこと言わないで」「キミをこのままになんかできない」「イヤだよ。離れない」等と言えば良いかどうかは分からないが、まずは「言葉を鵜呑みにして立ち去らない」が正解らしい。私も一応女だが、この手の裏腹言葉は解釈が何とも難しいものだ。自分自身も気付かぬうちに言っていた可能性がある。
好き合っている者同士から範囲を広げてみよう。仕事仲間や友人知人なども含めた対人関係においては、上記のような裏腹言葉にあたるのは「無理しないでね」ではないかと最近感じるようになってきた。「無理しないでね」には「言っただけだから。途中で止めたとか言わないでよ」の意味を少なからず含んでいるような気がしてならないのは、私の性根が歪んでいるせいだろうか。しかし、「分かった。無理しない!」と放棄やリタイアしたら、言った側はどういう態度に出るか…。きっと「うん。無理しない方がいいよ」と温かく答えてくれる確率は低いだろう。無理しないでね、の後にはううん、大丈夫ありがとう、と返答されるのが当たり前と考えられているかもしれない。
「無理」には、道理に反する、理屈を無かったことにするという意味がある。強引に実現させたら弊害や問題が起きる未来を予測した言葉だ。「無理するな」と言った側にも多少の責任が生じる重々しき含みがあると自覚したい。「無理しないで」と言い放ったら、「そうだ、何かひとつなら助けてしんぜよう。言うまで離れないから」程度には粘りたい。