本当は興味津々なのに、決して踏み出せない――芸人 紺野ぶるまさんの自分観察。【連載「奥歯に女が詰まってる」】
飲み会の流儀
友達が少ない私はそもそも飲み会などに誘われることもそうなく、大人数の飲みの場なんてほとんどないのだが、機会が少ないからといって誘われたら嬉しいというわけでもない。
自分の座る位置や、座り方、相槌を入れるタイミング、誰かのグラス、皿、表情、すべてが不安材料で、行く前から具合が悪いことだってある。
いやな飲み会を経験しすぎたのだと思う。
芸人になった22歳のころ、飲み会に行けば全員先輩で、後輩としての心得を叩き込まれた。
全員の注文をメモをとりながら周り、グラスが空けば会話を邪魔しないように次の注文を聞き、ご飯を取り分け、ちょうどいいタイミングでちょうどいい量を注文する。
それに徹していると「後輩なんだからもっと飲め」「全然喋ってないじゃないか」と怒られる。
「それが郷なら従うべきなのでは」という声が聞こえてきそうだが、そんなにいいものではないということだけはお伝えさせて頂きたい。これを読んでくださっているみなさんが想像するようなちゃんとした芸人はこの飲み会には一人もおらず、みな売れていない苛立ちを酒で流し、面白くない自分を肯定しようの会である。
楽しいと思ったことなどなく、終わるころにはみんなと同じ金額を請求され、空腹で帰ることも少なくなかった。いつ「飲み連れてってやるよ」と言われるのか、赤紙のようにビクビクしていた。
パワハラという言葉が流行る少し前だった。運が悪かったなあと思う。
時代が変わろうとも私のなかからその習慣は抜けず、たとえ後輩しかいない場だったとしても、飲み会では常にソワソワしてしまう。飲み物を尋ねられれば「あんな思いを今この子にさせているのか」と酔いが覚めるし、かといって何もしてない人を見るとどういう教育受けてきたんだろと嫌いになる。
積極的に泥酔していかないとずっと難しい顔をして立っていることになる。
スタートからなんの違和感もなく中心の席に座れる人を見ると、何か見えないヴェールがかかっていて、人間が違うのだなあと自分の胸のあたりが心許なくなる。
また時々、バーベキューや宅飲みでADさんのようにとにかく動きまくる人がいるが、それはそれで気になってしょうがない。
自己犠牲の精神なのか、何かを償うかのような仕事っぷりで「一旦落ち着きましょう?」と言いたくなる。
その徹底ぶりに周りは「そういう業者の人」と錯覚し気安く頼み事をするが、それにもいきいきと応える。
「変わります!」と少し手を出そうものなら、今度は大きな袋を持ってアシスタントのごとくゴミが出た瞬間に回収してくれる。
酒が入ると使いものにならない私は大体途中で放り投げてしまうのだが、そんな私に絶妙なタイミングでノンアルコールをスッと差し出してれたりする。彼女の性格を不憫に思ったことがバレていないか怖くなったのと同時に「変わります」なんて相当余計だったと恥ずかしくなった。
気遣いにはそれぞれの流儀があるのだから、尊重するのが唯一私ができる気遣いなのかもしれない。
その真逆でめちゃくちゃ無礼講をするやつもいる。
先輩やスタッフさん、違う業種の人もたくさんの緊張感のある飲みの場で、まず最初に酔っ払い、「みなさんもう一回乾杯しましょう」と音頭をとる。えらい人の話にも「あんた何いうてるかわからんねん」と雑にツッコむ。
その後2回手洗いでリバースし、ソファでつぶれ、えらい人にちゃんと怒られた芸人が過去にいたが、後にも先にもこの会ほど楽しかった打ち上げはなかった。
手洗いから帰るたび「みんなお待たせ〜」と仕切り直す背中は、面白いを通り越して愛らしかった。
かなりリスキーだが、実際、会自体もめちゃくちゃ盛り上がっていた。
一人踊ってくれる人がいると自分がまともな人間に思えてきて、みんなが助かるのだ。
それこそ本来気を遣わないといけない立場のADさんも「あいつよりはちゃんとできてる」「あいつよりは酔ってないからえらい」と平均点が下がり楽しみやすくなるし、みんなが無礼講に注目している間に食べたいときに食べ、飲みたいものを飲むことができる。
誰一人「早く終われ」と思っていない場はそれはそれは空気がよく、彼に対するその後のお咎めも特になく、怒った側も周りから「ちゃんと言ってあげてかっこいい」と株が上がっていたし誰も損しなかった。
終わってから「ありがとうね」と伝えると彼は何も覚えていない様子でこんな便利なことないと思った。誰もこいつに敵わないと思った。
飲み会に必要なのは、細やかな気遣いか派手なゴシップだろと構えていたが、こういう特攻できる友人なのだ。
たまに彼を真似て無礼に振る舞ってみるが、大体中途半端に不発で終わり「ちょっときつい人」になる。その結果かわからないが今年の忘年会の予定はゼロである。ラッキーだと思いたい反面、これはこれで少し寂しいのであった。
最後に
飲み会とかけまして
無礼講するやつと解きます。
その心は、どちらもつまみ出されることもあるでしょう。
今日も女たちに幸せが訪れますように。