1月24日(金)より全国公開される映画『雪の花 ―ともに在りて―』。当時死に至る病として恐れられた疱瘡(天然痘)から多くの子どもたちを救った町医者がいた。そのためには自身の生活や命をも顧みない実在した人物――笠原良策を熱演した松坂桃李さんにインタビュー。今を生きる私たちにリンクする、希望にあふれた最新作にあたたかい拍手が鳴り止まないだろう。
「良策さんがいたから今がある」
耳に心地のいい声でやわらかくフッと笑うその表情はスクリーンで観た笠原先生だった。演劇界のトップランナーである松坂桃李さんの最新作は、映画『雪の花 ―ともに在りて―』。メガホンをとるのは、巨匠・黒澤明の助監督を務め、自身の監督デビュー作『雨あがる』以来、一貫して人間の美しい在り方を描いてきた小泉堯史監督。今作が初めてのタッグとなる。
「オファーをいただいたときは、非常に嬉しかったですよ。小泉監督からお声がかかるなんて、一生のうちにあるかないか。この機は絶対に逃したくないと思って、すぐに『よろしくお願いします』ってお返事をしました。監督は、とにかく本読みとリハーサルを入念に重ねてくださる方でした。『素直に演じてくれればいい』と一言くださったんですが、僕を信頼してくださっているようで救われましたし、すごく懐の深い言葉だなと思いました」
これまですべての作品をフィルムで撮影してきた小泉組。ワンシーンワンカットが基本の撮影は、プレッシャーがあったのではないかと想像するが、返ってきたのは意外にも好奇心旺盛な言葉だった。
「恐ろしく緊張感があったんですが(笑)、実は高揚感や興奮もあった現場でした。黒澤組を経験してきたスタッフさんが集まっているので、この空気感のなかで当時の俳優さんたちも演じていたのかなって。
そして、これはきっと小泉監督だからこそなんですが、寄りのシーンほどカメラの存在感がなくなるんです。小泉監督が『人物に寄れば寄るほどカメラっていうのは引くんだよ。望遠のレンズで撮るんだ。そうすると(演者は)気にならないでしょう? どこから撮られているか分からないから、より自然なお芝居ができるんだよ』と言っていて、すごく勉強になりました。フィルムで撮影することが今回が初めてだったので、とても興味深かったですね」
今回、松坂さんが演じるのは、福井藩に実在した町医者・笠原良策。江戸時代末期に猛威をふるった、死にいたる病として恐れられた疱瘡(天然痘)に立ち向かい、その姿が次第に、藩や幕府を巻き込んでいく。実在の人物を演じるにおいて、大事にしたことは。
「いろんな資料を読んで現場に向かいました。読めば読むほど、彼の志の高さに感激させられてしまうんですよね。未曾有の疫病から多くの人を救うために、無名の町医者が新しいことを取り入れて、それを広めていく。その精神性は尊敬に値しますよね。すでに安定した生活があるにも関わらず、新しいことを学び直せる姿勢、医者としての志の高さを、本当に大事にして現場に立たせてもらいました」
そんな笠原先生の高潔な心を表すかのような山越えのシーン。疱瘡の治療として種痘(予防接種)という方法があると知り、積極的に取り入れていく笠原先生だが、福井で待つ子供たちのために種痘の苗を持ち込もうと、吹雪もいとわず峠を越えようとするのだ。
「交通手段が少なかった当時、真冬に山を越えるなんて考えられない。それでも、種痘を持って越えなければならない。多くの人の命を預かっているという気持ちがあるからこそ、今どうしても越えなければ、という良策の強い意志が表れているシーンですよね。それだけのことを成し遂げなければ、多くの人を救えないという責任や事の重大さを自然のパワーも借りて表現できたんじゃないかな」
本作は、凍てつく吹雪のシーンのほかに、美しい四季を感じることができる描写が意図的に織り込まれている。福井と京都を中心に撮影したそうだが、ロケーションの妙も松坂さんの背中を押した。
「100年以上の歴史がある文化財、藁が残ったようなお家やお城の跡地などで撮影させてもらったんです。戦争があったにも関わらず、そのまま残っている場所を特別に貸していただいたので、当時の空気感を汲みとりやすい環境でした。それが良策を演じるうえで、とても助けになったんですよね」
良策の妻・千穂に芳根京子さん、良策が蘭学に興味を持つきっかけを与えた大武了玄を吉岡秀隆さん、良策の師となる蘭方医・日野鼎哉を役所広司さんと、作品に厚みを持たせる俳優が脇を固める。特に、松坂さんと役所さんのタッグは共演作の多さもあって観ているこちらに安心感さえもたらしてくれる。
「あの衣装で現場に入ってきたときに一瞬『赤ひげ!?』って思ったくらい(笑)、存在感のある方。役所さんから学ぶべきものは本当にたくさんありますね。どんな役でも違和感がまったくないんです。役所さんのドキュメンタリーがあったら絶対観たい! 俳優界の憧れのような存在ですので、ここまで共演を重ねられる若手もそういないだろうという自負はあるかもしれないですね」
松坂さんは良策を演じたことで、世界中を襲ったコロナ禍と通ずるものがあると確信したそう。それは、仕事や生活が止まり、見えないものに対する恐怖の裏では、現場で尽力した人がいたということ。
「人間は未知なものに対して、拒絶したり恐怖を感じるということは昔も今も変わらないんですよね。コロナ禍を経験した今だから、より強くそれを感じることができましたし、今だからこそ、この作品をやる意義があるんじゃないかと強く感じました。
でもこの作品を“小難しい時代劇”と切り離してしまうのはちょっともったいない。良策さんが疫病から多くの人の命を救った事実があるから今がある。だから僕も時代劇っぽい演じ方をせずに、過去と現代を紐付けて演じることを意識していました。フィクションの時代劇ではなく、現代と地続きであるという想いでこの作品を観てほしいなと思います」
若い世代の“時代劇離れ”が進む一方で、今年度は日本の時代劇が世界に認められたというニュースも大きな話題になった。時代劇というジャンルを継承していく、次の世代に伝えていくことを大切に思っている松坂さんは、その視点に一石を投じる。
「時代劇と現代に生きる人たちの距離感が縮まってほしいと思います。時代劇という別次元のお話しだと肩肘を張るのではなく、作品を通して今を知る感覚が行きわたればいいなと感じますね。そうしたら観る作品のラインナップの幅がグッと広がるし、時代劇が日本でどんどん作られていくんじゃないかな。
今作で貸していただいた薬をすりつぶす道具(薬研)も、受け継ぐ方がいなくてどんどん作られなくなっているんですって。あんなにステキなものは絶やしてはいけない。僕たちが時代劇に取り組んでいくことで、そういう認識が浸透すればいいなと切に願っています」
映画『雪の花 ―ともに在りて―』
監督/小泉堯史
脚本/齋藤雄仁 小泉堯史
原作/吉村昭「雪の花」(新潮文庫刊)
出演/松坂桃李 芳根京子
三浦貴大 宇野祥平 沖原一生 坂東龍汰 三木理紗子 新井美羽
串田和美 矢島健一 渡辺哲 / 益岡徹 山本學 吉岡秀隆 / 役所広司
配給/松竹
※1月24日(金)全国公開
shochiku.co.jp/yukinohana/
松坂桃李(まつざかとおり)
1988年10月17日生まれ、神奈川県出身。2009年俳優デビュー。'18年に『孤狼の血』で、第42回日本アカデミー賞最優秀助演男優賞、'19年『新聞記者』で第43回日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞しているほか、'21年『孤狼の血 LEVEL2』、'22年『流浪の月』で、第45回と第46回の日本アカデミー賞優秀主演男優賞をそれぞれ受賞。近年の主な出演作に、ドラマ「ブラッシュアップライフ」、「離婚しようよ」、「VIVANT」、映画『耳をすませば』、『ラーゲリより愛をこめて』、『ゆとりですがなにか インターナショナル』、『スオミの話をしよう』などがある。現在、主演を務める日曜劇場「御上先生」(TBS)が毎週日曜21時から放送中。
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