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2024.12.10

奥山由之×生方美久が映し出す愛おしい眼差し。『アット・ザ・ベンチ』の会話劇に通底するもの

現在全国ロードショー中の映画『アット・ザ・ベンチ』は、温かさとユーモアが交差する会話劇だけで約90分間魅せる最新作。観終わった後、気にも留めないいつもの景色が、きっと少しだけ異なって見えるはず。豪華キャストと最旬スタッフが贈るニューシネマの裏側を監督の奥山由之さん、第1編&第5編の脚本を担当した生方美久さんにインタビュー!

日本映画界を担う職人たちが紡ぐ、5つのオムニバスストーリー

©2024 Yoshiyuki Okuyama/Spoon Inc, All Rights Reserved.

「いつかあのベンチでこの作品を野外上映したいんですよね」。インタビュー冒頭、そう呟いた奥山由之監督。ひと足さきに作品を鑑賞させてもらった編集部は、その一言に歓喜し、興奮して勝手に盛り上がってしまった。それほどに観る側も思い入れが濃く深くなる本作は、登場人物たちから発せられる言葉が心地よく、淡く輝く美しい映像世界にいつまでも浸っていたいと思わせる作品。

11月の生方美久さんの連載「ぽかぽかひとりごと」でも綴られている、オムニバス長編映画『アット・ザ・ベンチ』が現在公開中だ。当初、東京と大阪の計3館のみだった上映館が、公開を待ち望む人の声を受けて続々と上映館が決まっている。本作は、2023年9⽉30⽇に第1編、2024年4⽉27⽇に第2編がVimeoで無料公開となり⼤きな反響を呼んだ“あの作品”に、新たに制作された第3〜第5編を加えたオムニバスストーリー。舞台は都心から少し離れた二子玉川の川沿いにぽつんとあるベンチ。

「僕自身このベンチの近くで幼少期から暮らしていて、哀愁感のある頼りない佇まいのベンチに対して、気がついたら愛着が湧いていて。2年ほど前にベンチの近くで大きな橋を作る工事が始まったときに、改めてハッとしたんです。東京って部分的に変わっていって、気づいたらなくなってしまう場所や、好きな景色の記憶が知らずうちに塗り替えられていることってあるよなと。もちろんそれも東京“らしさ”として、変化を惜しまないという点で魅力ではあるのですが、今、このベンチを作品として残しておかないと後悔するかも、と思ったときには動き出していて。変わりゆく景色のなかで、変わらずそこに在るベンチを舞台に、ある日のある人たちの会話を見つめる作品を作りたいと思いました」(奥山さん)

©2024 Yoshiyuki Okuyama/Spoon Inc, All Rights Reserved.

自主制作かつ奥山さんの監督デビュー作。奥山さんは生方さんと面識はなかったものの、真っ先に生方さんに書いていただきたいと思ったのだそうで。

「企画書とともにお手紙みたいなDMが届きました。いちばんの決め手は、私の作品を観てくださった感想と、どうして私に書いてほしいのかっていうことを綴ってくださっていたから。ご連絡をいただいたのがドラマ『silent』が終わったタイミングで、ちょうどお仕事の依頼がまとまってやってきたときだったんですね。そんななか、こういった映画制作は特殊で興味深かったですし、奥山さんがきちんと依頼理由を綴ってくださったことにグッときて。しかも締め方が最高に面白かった(笑)」(生方さん)

「ちょっと恥ずかしいんですけど、言い訳させてください(笑)。面識のない自分がいくら生方さんの作品の魅力を綴っても、数多ある依頼メールの中で流れてしまうのではないか、目に留まらないのではないか、ということと、固い文章のまま終わって僕自身の人物像が伝わらないと判断がしづらいのではないかと思って、なにかフックがありたいということで、文末に好きな楽曲を書いたんです。好きな曲ってその人の人柄を想像しやすいから安心してもらえるかなと思って。けれど今読み返すと、最後に唐突に一文だけ書かれているから、全体像としてとても怖い文体になっていますね(笑)」(奥山さん)

お腹を抱えて笑うふたりから、仕事のパートナーとしての、そして古くからの友人であるかのようなあたたかさが広がる。続けて生方さんは奥山さんの印象を語る。

「奥山さんとは同世代なんですが、写真家として若い頃から賞を獲っている有名な方だったので、実は最初ビビっていたんです(笑)。私が脚本家デビューしたのが29歳で、連ドラデビューとしては若いといわれるんですが、写真家や役者さんで考えるとだいぶ遅いし、この世界を全然知らない。だから同世代だけど、どうしたら対等に話せるかなって探ってたんです。あと、いただいたDMに広瀬すずさんと仲野太賀さんをキャスティングしたい、と書かれていて、やっぱり奥山さんってすごい人と過度に思いすぎちゃって(笑)。でも実際にお会いしたら、やわらかい感じの方で、安心したんです」(生方さん)

©2024 Yoshiyuki Okuyama/Spoon Inc, All Rights Reserved.

そんなふうに、この映画に関わるすべての人、1人ずつに奥山さんが声をかけて制作に至った本作。直接会って、ベンチを一緒に見にいって、おしゃべりをする。生方さんも同じ体験を経たそうだ。

「奥山さんのアトリエに集合して、舞台のベンチに一緒に行ったんです。私も奥山さんも人見知りだから、横並びでは座らずにベンチを眺めながらボソボソと…(笑)」(生方さん)

「そうですね、本当に探り探り。地面に言葉を投げかけていましたね(笑)。スタッフの方々をひとりずつベンチに連れていって、どういった作品を作りたいのかじっくりと説明させていただきました。あそこで皆さんそれぞれと過ごした時間は、この作品にとっていい影響があったんじゃないかなと思っています」と頷く奥山さん。生方さんにお願いした理由を尋ねると。

「生方さんの作品には、登場人物、ひいては物語に対して、背中から手を添えるような、見守る眼差しを感じるんですよね。なのでアット・ザ・ベンチを観た方々にも、第1編と第5編で、登場人物、ベンチ、物語が紡ぐ情景に対して愛おしい眼差しを向けてもらえると、ベンチを主体とした作品の始まりと終わりとして理想的だなと思っていたので、生方さんに書いていただけて本当によかったです」(奥山さん)

そんな奥山さんの想いを一粒たりとも落とさずに掬い上げたのが、生方さんが書く始まりと終わりをつなぐ第1編と第5編。広瀬さん演じる莉子と仲野さん演じる徳人の幼馴染がただベンチに集合して久しぶりに会話をする様子が、やさしく丁寧に描かれる。

「第1編だけ先に書いて、間の2、3、4の脚本を読ませていただいたうえで第5編を書きました。驚いたことに、第2編の岸井ゆきのさんが演じる菜々ちゃんが、私が書いた莉子と友達という設定にしてくださっていたんです。お話のなかで『莉子が〜』って言うと、岡山天音さん演じる貫太くんが『莉子ちゃんね』って言ってくださっていて。よく見ると買い物袋も同じで、私がすっごい適当につけたローカルスーパーの名前が他のエピソードに横断しているのをみて感動! それぞれ独立した短編なんですが、同じ世界線なのがとにかく嬉しかったですね」(生方さん)

©2024 Yoshiyuki Okuyama/Spoon Inc, All Rights Reserved.

そんな作り手の粋な計らいも無数に散りばめられている。奥山さんは生方さんとのタッグをこう語る。

「生方さんは脚本だけではなくて、莉子と徳人がこれまでにどういう関係性を築き上げてきたかを設定案に起こして書いてくださって。それがまたとても素敵なんですよ。過去にこんなことがあって、第1編と第5編の間にはこんなことが起こっていて…とト書きのように書いてくださって、アナザーストーリーとして新撮したくなるくらい。それがあったことでキャストのおふたりもお芝居をしやすかったとおっしゃっていましたし、僕自身演出をより豊かなものにできたと思います」(奥山さん)

それを聞いて生方さんは首を振りながら、「私だけ本当に贅沢なことに2本書かせていただけたので、想像してもらおうと思ってあえて大事なところをすぽっと抜いたんです」と笑う。生方さんの術中にまんまとハマり、もどかしくて愛おしくて気持ちが高揚してしまい、同意を求めて思わず隣の人の肩をバシバシと叩きたくなる衝動に駆られる。すごい。もっと見たい。行かないで…とスクリーンに話しかけてしまいそうになる。そして、注目したいもうひとつのポイントは、ストーリーが進むにつれて時間の移ろいを感じること。ふたりの関係性も、季節も。そのほとんどを定点で撮影した本作では、画面奥の工事中の橋が徐々に出来上がっていることがわかるだろう。

「流動性のある作品づくりが実現できたのは温かな心持ちで参加してくださった皆さんのお陰ですし、自主制作ならではだったのかなとも思います。ベンチは変わらないけれども、四季折々、取り囲む人たちは少しずつ変わって。スケジュールが合うときにみんなで集まって、撮影したらまたそれぞれ日々のお仕事に戻って、また集まって、を繰り返せたのは本当に贅沢な時間でした。こういう作り方はなかなかできないので、皆さんの柔軟なご理解とこの企画に対する想いを持ち寄ってくださって完成した奇跡のような作品です」(奥山さん)

生方さんも続けて「この作品に嫌々参加した人っていないと思うんです。小規模でありながら、これだけの方々が集まるって、本当にすごいこと。そういう作品に参加できることは今後ないだろうし、自分自身すごく楽しくできてありがたい限りです」と締める。

取材を経て、やさしく繊細であたたかいおふたりの空気感がそのまま作品に落とし込まれたのだと知る。ふと目を向けた古びたベンチの周辺で起こる物語は、あなたにどんな感情をもたらすだろうか。ほっこりして笑って、なんだか切なくなる。どんな気持ちも正解で、どんな気持ちも不正解じゃない。泣きたくなるような夜でも、ぽかぽかとのんびりした昼間でも、あなたとともにある作品であることを願う。

映画『アット・ザ・ベンチ』

©2024 Yoshiyuki Okuyama/Spoon Inc, All Rights Reserved.

監督/奥⼭由之
出演/広瀬すず・仲野太賀(第1編・第5編)、岸井ゆきの・岡⼭天⾳・荒川良々(第2編)、今⽥美桜・森七菜(第3編)、草彅剛・吉岡⾥帆・神⽊隆之介(第4編)
脚本/⽣⽅美久(第1編・第5編)、蓮⾒翔(第2編)、根本宗⼦(第3編)、奥⼭由之(第4編)
※2024年11⽉15⽇(⾦)よりテアトル新宿、109シネマズ⼆⼦⽟川、テアトル梅⽥ほか全国公開中!
spoon-inc.co.jp/at-the-bench/

奥山由之(おくやまよしゆき)
1991年生まれ、東京都出身。映画監督、写真家。2011年『Girl』で第34回写真新世紀優秀賞受賞。2016年には『BACON ICE CREAM』で第47回講談社出版文化賞写真賞受賞。次回監督作に、新海誠の同名アニメーション作品を実写化する『秒速5センチメートル』が控える。

生方美久(うぶかたみく)
1993年生まれ、群馬県出身。大学卒業後、医療機関で助産師、看護師として働きながら、2018年春ごろから独学で脚本を執筆。’23年10月期の連続ドラマ「いちばんすきな花」、’24年7月期の連続ドラマ「海のはじまり」全話脚本を担当。

TEXT=GINGER編集部

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