言葉を大事にする壇蜜さんが“今となっては見慣れすぎて見過ごしがちだが、よく考えると奥深い言葉”を「今更言葉」と名付けて考察。【今更言葉で、イマをサラッと】
その67 やぶさかではない
某有名居酒屋にて注文をした際、店員殿から「ハイヨロコンデー!」と聞いたときは、「ハイヨロコンデー? …ああ、『はい喜んでー!』か」と、「かしこまりました」以外の返答にちょっとビックリした記憶がある。ハイヨロコンデー!はなかなか威勢の良い雰囲気があり、店に活気もつくだろう。居酒屋を最近訪ねていないが、今でも使用されているだろうか。
「喜んで」、は直ぐに前向きに応じる姿勢があることを相手に伝えられるが、実は前向きなんですよ、とじわりと伝えることとなる言葉がある。
それが「やぶさかではない」だ。漢字にすると「吝かではない」平安時代に使われていた「やふさがる(もの惜しみする、ためらう)」や「やふさし(ケチだ、未練がましい)」に由来するという。「やふ」の部分がやがて「やぶ」に濁り(このあたりは経緯不明らしい)、それが「ない」と打ち消されて「やぶさかではない」に変化したらしい。ケチらないよ、もの惜しみしないよ、と相手に控えめに伝えることができる言葉だったが、いつしか控えめすぎて「仕方なく〜します」「あまり乗り気じゃないけど〜します」的な意味として解釈されるようになった。
実際に数年前に行われた国語に関する世論調査でも、約六割の人々がやぶさかではないを「仕方なく」と捉えていたらしい。「もうここまでちょっと違う認識が広がってしまったら、やぶさかではないは『しかたなく〜する』の意味で使っていいんじゃない?」と捉える専門家もいるという。本来はハイヨロコンデー!と同じように「ヤブサカデハゴザイマセーン!」と使ってもいい言葉なのに。しかし今ヤブサカデハゴザイマセーン!と対応したらお客から「え? 仕方なく注文受けてるの?」と誤解を受けそうだが。
ちなみに「それ程嫌ではない」「全くダメではない」…と伝えたいときは「まんざらでもない(満更でもない)」を使うのが適していると考える。
「彼女はデートに誘われ、まんざらでもない顔になっていた」と聞くと「嫌じゃないんだな、ツンデレさんめ」と言いたくなるし、「彼女はデートに誘われ、やぶさかではない態度だった」は「彼女も相手のことスキなんだな、イケイケさんめ」と言いたくなる。