俳優、そして写真家として活動する櫻井圭佑さんが初監督・脚本を務める映画『君に幸あれよ』が2023年2月4日に公開される。コロナ禍で立ち止まったことがきっかけで、新たなキャリアを築くことになった櫻井さん。映画を撮るに至った経緯や作品に込めた思いを聞いた。
櫻井圭佑「監督になりたいという気持ちは、まったくなかった」
映画『君に幸あれよ』は、債権回収など裏稼業で生計を立てる真司(小橋川建)が、理人(髙橋雄祐)に出会ったことで、心を開いていく物語。俳優たちの強い思いで作り上げられたという、作品の背景とは。
「映画を作ろうという話が上がったのは、コロナ禍の真っ只中で、僕は25歳。自分も他の役者たちも仕事がなく、先行き不安なタイミングで、何かをしたいという欲求が強くありました。そこで、小橋川建の主演映画を作ろうという話になって。僕は写真家としても活動していたので、少なからず画に対しての責任は持てるのかなと思って『監督・脚本やるよ』と言ってしまって(笑)。それまで監督になりたいという気持ちを持ったことはなかったのですが、撮ることになったんです」
初めての監督、そして脚本。突然の話でハードルが高いようにも思えるが、脚本は何かに突き動かされたかのように書き上げたそう。
「監督という画を作ることとは別に、脚本や演出まで“できるのか”というところまで、その時は思考回路が回りませんでした。監督とセットで脚本がついてくるという感覚で、やると言ったからには、書かざるを得なかった。映画を作ろうという話をしたあと、ネットカフェにこもったのですが、何も浮かばなくて。でも、始発電車で帰っている時にプロットが浮かんで、iPhoneに殴り書くようにメモをして、それから2日で書き上げました。書けた理由もロジックもなく、本当に降ってきたような感覚でした」
主演の小橋川建さん、高橋雄祐さんとともに企画した映画は、こうして脚本が上がった。それから撮影監督に寺本慎太朗さんを迎え、企画から撮影まで2週間という短期間で一気に撮影を敢行したという。なかでもこだわったのはセリフ以外の部分。作品の間の取り方や、セリフがない場面の描写に注目してほしい。
「僕自身が俳優をやっていて、セリフが多いと思う瞬間が結構ありました。チャップリンの無声映画を観たとき、セリフがないのに作品を描けるということに魅力を感じていたので、この映画もセリフは最小限にしました。だからこそ、セリフがないときのそれぞれのキャラクターの細かい動きは、現場ですごく丁寧に演出をつけました。それも大切なセリフだと思っているから」
演出の効果もあり、作中、俳優たちの存在感が光っている。さらに、見る人によって解釈が異なるのも面白いところ。
「高橋(雄祐)が言ってくれたんですよ。これ、スルメ映画だねって。勝手にみんなが解釈してくれて、作り上げてくれる。それはすごく嬉しいことだし、否定するつもりもないけど、狙っているわけでもなく…。本当に降ってきたものを書いたので、そう受け取ってくれたんですね、というスタンスでもあります(笑)。
ただ、この話を描きたいと思った要因はありました。自分自身、コロナ禍で1ヵ月部屋に籠るような時期があって。そのとき救われた言葉だったり、会えない中での間接的な関わりだったり…そういう、当時感じたことを入れ込んでいます。映画を観ている最中だけでもいいし、帰る道中だけでもいいし、何日か後でもいいし、“あのシーンよかったな”と思い出して、観てくれた人が一瞬でも楽になってくれたらいいなと思います」
わからないことは教えてもらう。その姿勢がチームの絆を深めた
この仕事を続けるためには、撮るしかない。そんな強い思いから、演じる側から撮る側を経験することになった櫻井さん。監督としてチームをひっぱり、絆を強めたのは“わからないことはわからないと聞く姿勢”だったと振り返る。
「この映画で、キャストや制作の仲間に“監督にしてもらった”という感覚が大きいです。自分にできることといえば、最上級の熱量を持つことと、わからないことは教えてもらう姿勢でいること。一番自分がへっぽこなんだよっていうことを示しながら、でも“OKテイクを出すのは僕”という立場にいることで、寺本をはじめみんながいろんなことを教えてくれた。役割に関係なく、全員が僕に意見を言ってくれ、ベストを考えてくれました」
ほぼ20代という若さでありながらも、経験豊富な人が集まったという今回のクルー。熱量はそのままに、2作目の制作も進んでいる。
「僕らは『君に幸あれよ』を撮ったことで救われていて、これがあったから今もこの仕事を続けられています。映画館で上映できるという奇跡的なことも起こりました。そして、同じクルーでの2作目も撮り終えました。2作目は、無声映画。電車に乗っていてふと周りを見渡すと、みんな耳にイヤホンをつけていることに気づいたんです。そのときに『僕らはどれだけ大切な言葉を置いてきたんだろうか』という言葉がパッと浮かんで。イヤホンをつけて部屋にこもっているときの家族の呼びかけだったり、店員さんから背中にかけられていたかもしれない『ありがとうね』という言葉だったり、そういう大切な言葉を置いてきてる人が多いんじゃないかなって思いました。現代の社会の問題だからこそ、山梨県の山の中の小さな町で、最大限喧騒を排除して描いた絵本のような作品です。これは、海外の映画祭に出そうと思っています」
自分と常に向き合い、決断力と実行力を持って活動する櫻井さん。ひとりのときは、“ひとり情熱大陸”を繰り広げているそう。
「よく散歩をするんですけど、ずっと自分が考えていることをしゃべっていますね。ドキュメンタリー映像を撮られている風に。そのくらい、自分の思考が止まらないんです。その思考を消化するためにも、声に出しています。あと、舞台挨拶の前も、“ひとり舞台挨拶”しています(笑)。緊張しちゃうから。一回話しておくと、緊張しないんです」
脚本の筋書きを“降らせる”才能は、この習慣があるからかもしれない。
肩書き3つ、すべて名乗っていきたい
俳優と写真家に、映像作家という肩書きが加わった櫻井さん。これから目指すところは?
「映画を作っているこの1年間くらいで、俳優業から離れようと思ったタイミングがありました。でも今サポートしてくれている大切な方々がみんな口を揃えて『全部やったらいいじゃん』って言ってくれたんです。僕はつい0か100かで考えようとしてしまうのですが、そう言ってもらったときに、やれるうちはすべてやってみようって思えたんです。
肩書きが3つあるんだったら、3つ。全部頑張っていきたいですね。
自分自身も、意図的に名乗るようにしたいなと思っているんです。写真を始めたときも、最初から写真家って名乗って個展を開きました。公開前でお客様に見ていただいていないので映画監督とはまだいえないですが、解禁前の監督した作品もあるので、映像作家と名乗ることで活動の幅が広がっていくのであれば、積極的に名乗りたい。何より楽しいから続けていきたいし、仲間も増えたので、やめられないです」
『君に幸あれよ』
監督・脚本/櫻井圭佑
出演/小橋川建、髙橋雄祐、松浦祐也、中島ひろ子、諏訪太朗 ほか
2023年2月4日 渋谷ユーロスペースほか全国順次公開
https://kimisachifilm.com/
櫻井圭佑(さくらいけいすけ)
1995年10月16日生まれ、埼玉県出身。 映画『新卒ポモドーロ』、NHK連続テレビ小説 「ちむどんどん」などに出演。2023年1月31日〜2月26日に西武渋谷店にて開催される展覧会「y-Generation Ⅷ」では、国内外で注目を集める現代写真家6名に選出され作品が展示されるなど、写真家としても精力的に活動している。映画『君に幸あれよ』で初監督、初脚本にて監督デビュー。
衣装協力
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