Netflixシリーズ「舞妓さんちのまかないさん」で、Netflixとの初タッグが大きなニュースとなった是枝裕和監督。コラボレーションからどんな刺激を受け、今後の映像・エンタテインメント業界に何を思うのだろうか?
是枝監督「事前取材で京都に行ったら、誰よりも僕が夢中になった」
――Netflixとの初タッグ作品ですが、 印象はいかがでしたか?
この作品との出会いは川村元気さんから面白い原作があるので、ドラマシリーズとして映像化したいと言われたところから始まりました。初めは若い監督たちが演出するのをショーランナーとして統括してほしいという依頼で、僕が演出をする予定はなかったんです。ところが京都へ事前取材に行ったら、誰よりも僕が夢中になってしまって(笑)。何度か祇園に足を運ぶなかで、屋形で暮らす人々が非血縁の共同体であることと、街全体が内線電話で繋がっているひとつの有機体であるということに驚きました。
これは決して時代に取り残された人々の物語ではなく、もしかするとコロナ禍以降の私たちが模索するべき、新しい生き方や人との繋がり方のヒントになるかもしれないと思いましたね。実は今、一番やりたいのは連続ドラマなんです。僕自身も、向田邦子さんや倉本聰さんのような日本の名作ドラマにいろいろな影響を受けてきたこともあって、祇園で取材を重ねるなかで僕自身が観て育ってきた連続ドラマと同じ「非血縁の共同体」という類似点を見つけ、僕自身で演出したいなと思っちゃった(笑)。
あの街のすごく狭い世界のなかで、彼らの生活は完結していて、もしかしたら今後なくなっていってしまうかもしれないけれど、そこには血縁でない人たちが共同で生活する、新しい生き方の可能性が見出せるような気がしました。
Netflixならでは。美術の完成度は「笑ってしまうくらい圧巻」
――Netflixだからこそ成し遂げられたシーンがあれば教えてください。
まずはあの屋形。あの屋形はやっぱり玄関周りから裏路地含めて、1階2階、屋根裏部屋、物干し場まで全部造ったので、間違いなく、映っているものが豊かだと思います。これはなかなか普通の映画や映像作品の予算では難しいところ。あのレベルで世界観を作ることができたのは、とてもありがたかったです。屋形を完全再現してくれた美術の種田陽平さんとは、「ちょっとやりすぎちゃったね(笑)」と笑ってしまうくらい圧巻でしたね。
あと印象的だったのは、橋本愛さん扮する芸妓・百子が「黒髪」を舞う場面。紅葉を背景に、夜の桂川に浮かぶ船上で百子が舞う幻想的なシーンは僕たっての願いで種田さんに舞台を作っていただき、実現させることができました。Netflixシリーズでなければ不可能だったと思います。
「舞妓さんちのまかないさん」最大の魅力は俳優たちのアンサンブルの妙
――主演の森七菜さん、出口夏希さんの魅力はどんなところでしょうか?
森さんについては、すごい俳優だという噂を周囲の人たちから聞いていました。実際に撮影が始まって、森さんはその空間にあるものを瞬時に自分のなかに落とし込んで、その場でお芝居ができるんです。すべてのお芝居をリアクションとしてできる。出口さんは持ち前の明るさと、粗削りな魅力があったんですよね。何が出てくるのかというワクワク感と、何より観る人を惹きつける華があった彼女はこの作品を通じて大きく成長してくれたし、これからさらに成長していくことを確信しています。
主演のふたり以外も舞妓さんたちを取り巻くお母さん、先輩芸妓さんを含めた女優たちが醸し出すアンサンブルの妙が、この作品の最大の魅力だと思います。
――日本のエンタテインメントがこれから盛り上がるためには?
Netflixとの初タッグで驚いたのは「人材育成への情熱」と「クリエイターへのバックアップ体制の万全さ」。日本でも、映像文化をなんとかいい形で次の世代へ渡そうと思ったときに、やっぱり足りないものがたくさんあるなと。もう少し業界全体が、次の世代を育てていくという認識をちゃんと共有できないと、たぶん今僕らが育ってきた豊かな映画環境みたいなものを、次の世代に手渡せなくなってしまうなと危惧しています。環境整備はもちろんですが、僕自身、もっと面白いものが撮りたいと思っています。
まだ全然満足していない。実現できていない企画もたくさんありますし、日本のなかでも撮りたいと思っているトピックはまだまだたくさんある。その辺りを全部やり切ろうと思うと、たぶんあと20年はかかるなって(笑)。だから、まだまだ走り続けるしかないんですよね。
Netflixシリーズ「舞妓さんちのまかないさん」
1月12日(木)Netflixにて世界独占配信
京都を舞台に舞妓さんたちが共同生活を営む屋形の「まかないさん」となった主人公キヨが、青森から一緒にやってきた親友であり舞妓のすみれとともに花街で暮らしていく日常を、美味しいごはんを通して綴る物語。
是枝裕和(これえだひろかず)
1962年生まれ、東京都出身。大学卒業後、ドキュメンタリー番組のディレクターとして注目を集め、『幻の光』(’95年)で映画監督デビュー。『誰も知らない』 (2004年)や『そして父になる』(’13年)、『海街diary』(’15年)、『ベイビー・ブローカー』(’22年)などが代表作としてある。