贈り手も受け取り手も共に幸福感に包まれ、絆が深まる。そんな今までにないレターギフトサービスを創り出し、人気を拡大している起業家 濱本智己さん。自身の“やりたいこと”を見い出し、形にするには? その道程には“自分らしく”生きるヒントが隠されている。【シリーズ/お仕事エッセイ】
僕が「シカケテガミ」をつくった理由
こんにちは。株式会社ネイチャーオブシングス代表の濵本です。前回のエッセイでは、会社員時代から起業に至るまで、いったい僕はどんな葛藤を抱えていたのかといったお話をさせていただきました。今回は、僕が起業を決意したきっかけについてお話ができればと思います。
僕たちが運営するレターギフトのなかに「シカケテガミ」というサービスがあります。じつはこのサービスこそが、僕が起業を決意する直接の理由でした
私事で恐縮ですが、僕には小学生の娘がいます。一人娘ということもあり、文字通り溺愛しています(笑)。甘え上手な娘の手のひらで転がされるダメダメな父親ですが、彼女と過ごしたこれまでの日々は、本当に宝石のような発見であふれていました。
彼女が生まれて間もない頃、まだ泣くことしかできない赤子から、無力な自分、そして妻の偉大さを嫌というほど思い知らされました。また自分が親になって心底痛感するのは、両親には決して足を向けて寝られないということです。そして何よりも彼女は「自分の命より大切なものが在る」という、僕の人生観を覆すとてつもない真実を教えてくれました。
娘の誕生をきっかけに、これまで甘えてばかりだった身近な人たちへの感謝があふれ出し、どうしても僕はその気持ちを伝えたくなったんです。ところがいざ本人を前にすると、まあ恥ずかしい…。典型的な日本人気質の僕にはあまりにも高いハードルでした。不思議なもので、本当に大切な人ほど、あらたまって本音を語るのは照れくさいんですよね。でもこのときばかりは、簡単に引き下がるわけにはいきませんでした。
子どもの誕生を機に生命保険を見直す人は少なくありません。万が一自分の身に何かあったとき、家族に苦労をかけないためにもお金を残しておくことはとても重要です。でもそれだけで本当に十分でしょうか? 僕は違いました。心のなかに在るのに、まだちゃんと伝えられていない家族への想い。この気持ちを届けられないまま、ある日突然この世を去ることになったら? そんな想像をしただけで胸が苦しくなりました。
気持ちをちゃんと「形」に残したい。だから、僕はシカケテガミをつくりました。
妻に贈った最初のシカケテガミ
シカケテガミは、日頃恥ずかしくてなかなか伝えられない感謝や愛情のキモチを、世界にひとつだけの絵本の手紙にして大切な人に贈ることができるレターギフトサービスです。
コンセプトは「いい大人のラブレター」。絵文字やLINEスタンプが文字情報に上手くニュアンスを与えてくれるように、テキストだけではちょっと照れくさい内容も、絵本というフォーマットが絶妙な塩梅でごまかしてくれます。
最初に開発したのは、男性から女性に贈るシカケテガミでした。なぜこの商品が最初だったのかとときどき質問されるのですが、誤解を恐れずに言うと、マーケティングより製作者としての感情(ストーリー)を優先したからです。
公私混同も甚だしいのですが、娘が生まれて以来、僕がまず最初に感謝を伝えたかったのが妻だった。それがすべてです。結果的にこの判断がいろんな意味で功を奏したのですが、マーケティング視点で見るとかなりチャレンジングだったと思います(苦笑)。
娘の3歳の誕生祝いで訪れた旅先。そこで当時まだ完成したばかりのシカケテガミを僕は妻に贈りました。…なんて書ければ格好いいのですが、正直に白状すると、どうしても直接手渡すのが恥ずかしくて、結局娘に「ママにこの絵本読んでもらいな」と言って届けてもらいました。だから実のところ、直接妻のリアクションを確認することはできていません。お恥ずかしい限りです。
それでも、今もリビングの一番目立つ場所に大切に飾られているシカケテガミを見る限り、きっと少しは僕の気持ちが彼女に届いたのだと思います。
未来の娘へのタイムカプセル
次に開発したのは、親から子へ贈るシカケテガミでした。パートナーや自分の親とは違い、幼いわが子に対して”照れくさい”という表現はあまりピンときません。とはいえ、無垢な子どもにはまだ難しいことは伝わりません。そして思春期を迎えると、きっと今度は伝えられなくなってしまいます。そう考えると、自分の言葉でわが子に感謝を伝えられる時期というのは案外長くはないと思うのです。
今はまだ屈託のない笑顔で「パパだいすき!」なんて言ってくれる娘ですが、いつの日か、目も合わせてくれなくなる日が来るのかもしれません。想像もしたくありませんが、程度の差こそあれ子どもには必ず多感な時期が訪れます。そしてそんなときこそ、親に愛されているという実感が何よりも心の支えになることを、僕は自分の原体験から知っています。でもそれは同時に、親子の距離がもっとも繊細なタイミングでもあるのです。
そこで考えたのが、「未来の子どもに親心を残すタイムカプセル」というアイデアでした。幼いわが子にプレゼントする自分たち家族が主人公の絵本。そのなかに、未来のわが子へのメッセージをこっそりと”隠す”のです。
子どもが成長するにつれ、絵本のことは一時的に忘れられてしまうかもしれません。でもたとえクローゼットの片隅で長い月日を過ごすことになっても、カタチに残る絵本の手紙は決して捨てられることはありません。
僕はこのシカケテガミを、幼稚園の卒園式の日に娘に贈りました。彼女は何度もうれしそうに読み返していましたが、今はまだ最後のページに隠されたメッセージの存在には気づいていません。この先彼女が壁にぶつかったとき、たとえ僕が直接彼女を励ますことが叶わなくても、きっとこの本が僕に代わって彼女の心の支えになってくれると信じています。
「あなたの子どもでよかった」と伝えたくて
そして今、じつは子から親に贈るシカケテガミの開発を進めています。このシカケテガミが対象としているのは幼い子どもではなく、大人になった”かつての”子どもたちです(つまりあなたや僕のこと)。
誰よりも迷惑をかけてきたのに、誰よりもありがとうが伝えられていない相手。それが多くの人にとって「親」という存在ではないでしょうか。
当時は「してもらって当たり前」と思っていたことが、決して当たり前ではなかったことを今なら理解できます。少し緊張しますが、「あなたの子どもに生まれてよかった」そんな想いを両親に伝えられる日が今から待ち遠しいです。
”究極の”公私混同の先に見つけたもの
もうお気づきだと思いますが、もともと僕は”僕自身”のためにシカケテガミを開発しました。ただただ自分が欲しいモノを本気でつくったんです。それがいつしか、自分の家族だけでなく他の誰かの大切な人をも笑顔にするサービスになりました。僕がどうしても欲しかったものは、他の誰かも求めていたものだったんです。
こんなにも幸せなことはないと思っています。20代で仕事を始めた頃からずっと「ライフワークってなんだろう?」と自問自答してきました。ようやくたどり着いた僕なりの答えは、”究極の”公私混同の先にありました。
家族に想いを伝えるためにつくったサービスを、今度はそれを必要としてくれるたくさんの人の幸せのために発展させる。それは人生を捧げるに値する仕事であり、僕が起業を決意するには十分すぎる理由でした。こうして多くの方々の心強いサポートに支えられながら、2021年3月、僕は株式会社ネイチャーオブシングスを創業しました。
家族に贈ったシカケテガミは特別なものです。でもそれ以上に、家族のおかげでこのサービスが生まれた、その事実こそが僕にとっては何よりも価値があります。娘が生まれてこなければ、きっとシカケテガミは存在しませんでした。
だから「#シカケテガミ」に記録されたたくさんの幸せを一緒に眺めながら、いつか彼女にこう言ってあげたいんです。
『君が生まれてきてくれたから、こんなにもたくさんの人々が笑顔になれたんだよ。』
それが、父として、僕が娘に本当に残してあげたいことです。技術革新で人々の生活を抜本的に変えるような社会的インパクトはないかもしれません。株式上場を目指すようなスケールの大きなビジネスでもないかもしれません。それでも僕は、この仕事に誇りを持っています。
濵本智己(はまもとともき)
株式会社ネイチャーオブシングス代表取締役。1980年生まれ。娘と2匹のワンコをこよなく愛するパパ。大学卒業後、外資系コンサルティングファームに入社。より直感的かつ右脳的なビジネス領域への関心から外資系広告代理店に転籍後、コミュニケーション戦略からクリエイティブまでを一気通貫してデザインするハイブリッド型クリエイターとして活躍。2021年に株式会社ネイチャーオブシングスを創業。レターギフトサービス『シカケテガミ』『RETTEL』を立ち上げる。
シカケテガミ https://shikaketegami.com/
RETTEL https://rettel-tokyo.com/
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