通勤電車で、ベッドで眠りにつくまで、週末に――味わいながら読みたいおすすめの書籍をライター 温水ゆかりさんがご紹介。
『肌馬の系譜』
13色のドロップみたいなショートストーリーの玉手箱
豪華だなあ。13編も入った短編集。目次の上で目も迷うが、やはり表題作が気になる。「肌馬」って何だろう? 「肌馬の系譜」の語り手は75歳のサト子。籐椅子に腰かけ昔の記憶と遊んでいると、95歳で他界した母の言葉が思い出される。「あたしは、肌馬そのものだったねぇ……」。競馬をたしなむ娘婿によれば、肌馬とは繁殖のための牝馬のこと。種牡馬と交尾し仔を産むのが役目とか。
そんな一口雑学からこのお話は思いがけず縦に伸びていく。サト子、娘の哲子、哲子の娘美久と語り手を変えながら、戦後ニッポンのジェンダーパノラマを見せてくれるのだ。
ウッドストック世代で男と女は自由で対等な関係を結ぶのだと息巻いていたサト子世代。が、好きな男ができると女達はあっという間に媚びる女に変身した。メッシーやアッシーを使い倒し、夢から醒めて堅実な和巳と結婚したバブル世代の哲子。挑発的なドレスで男を選んでいるつもりだったが、結局は男達に値踏みされていたのだと気づく。美久は直人と婚約しているが、彼はホモセクシャル。美久自身はアセクシャル(異性に好意はもつが性欲は感じない)なので気にならない。母に“子供は早い方がいい”などと言われると、種馬肌馬予備軍と見られていることにゲッとなる。
一言で言えば日本のジェンダー観の変わらなさだ。コミカルに終わるが、とてつもなく苦い。でも短編でここまで圧縮した時間を描くのは凄ワザ。小説技巧に目を転ずれば嬉しい驚きでもある。
他に、母性の闇深い「私の愛するブッタイ」、驚愕の叙述ミステリー「たたみ、たたまれ」、大人の純愛をビル・エヴァンスのピアノが彩る「ぼくねんじん」、艶笑寓話「陰茎天国」など。掉尾の「時には父母のない子のように」に少し泣いた。
『ナイフをひねれば』
戯曲や役者ネタもいっぱい。演劇の街ロンドンが楽しい
ポアロと相棒の関係を現代に移植した〈ホーソーン&ホロヴィッツ〉シリーズ。この第4弾ではホーソーンの本を書くのはもうイヤだと宣言した「わたし」(著者自身が作中に登場)が窮地に立たされる。「わたし」の戯曲を酷評した根性ワルの女性評論家が自宅で刺殺され、警察に犯人と目されてしまう。今回は演劇人達の奇矯な生態のほか、運河に沿った住宅街などロンドンを歩くテンポで読めるのが楽しい。オフビートなユーモアも健在ですよ。
『恋愛結婚の終焉』
昭和の「恋愛結婚」にさようなら、新時代の「共創結婚」よ、こんにちは
若者世代は言う。コスパが悪いから恋愛はしたくない。でもいずれ結婚するつもり、と。背景には不安定な雇用(収入)などの社会的要因があるが、加えて「恋愛」と「結婚」と「出産」をセットで捉えるロマンティック・ラブ・イデオロギーがあると著者は見る。しかし恋愛と結婚は性格が違う。恋愛は(いずれ醒める)興奮系、結婚生活は(長く続く)愛着系。「混ぜるなキケン」と訴える。男性の年収に厳しい女性達。ソウルメイトを基準にしてみては?