通勤電車で、ベッドで眠りにつくまで、週末に――味わいながら読みたいおすすめの書籍をライター 温水ゆかりさんがご紹介。
『梅雨物語』
ホラーとミステリーのマリアージュ。俳句尽くしの技巧に打ちのめされる
俳句尽くし、虫尽くし、きのこ尽くしと、ホラー風味ながら凝った意匠のミステリー3編。怪異にも艶やかさがあり、楽しい。
俳句尽くしの「皐月闇(さつきやみ)」はこう。中学の俳句部顧問をしていた作田慮男を、教え子の萩原菜央が訪ねてくる。“自死した兄龍太郎の句集「皐月闇」を、俳人でもある母が突然焼却しろと言い出し、困惑している”と。作田はもう句作はできないが、解釈には自信がある。菜央によれば、龍太郎は恋人の瞳と沖縄に旅行にでかけたものの、瞳は海で死亡、龍太郎は2年前に自ら命を絶った。作田は句集から「夏銀河うるまの島の影黒く」や「雷鳴や冥き眩暈を解き放ち」など13句を選び出し、龍太郎が句に隠した秘密を探ろうとするが……。
というのが、このミステリーの表層部分。表層と言っても季重なりや折句(おりく)の企みなど、句作にまつわる興味深い話がいろいろ出てくるのだけれど、作田の解釈を拝聴した後、菜央が猛然と自分の解釈をぶつけるあたりから様相は一変する。作田の認知症は事実としても、なにか肝心なものに蓋をしているという胡散臭さ。菜央の“先生思いの素直ないい子”の振る舞いにつきまとっていたコスプレ臭さが露わになる。「俳人となりてかいごの花あやめ」の字切り箇所や解釈の深度に、楊貴妃が関係していたとは。
菜央が真実の一句を突きつけるのも凄いが、近過去をすぐ忘れるという認知症無限ループの中で業火に焼かれ続ける作田の運命にもゾッとする。登場の俳句をすべて自作するなど、ここまでやり遂げた俳句ミステリーは前代未聞。金字塔だ。
他に、昭和レトロと楼閣のさんざめきが溶け合う「ぼくとう奇譚」、菌類が真犯人を指す「くさびら」。どれもこってり、いいお味なのでした。
『獣の夜』
大人のお伽噺のような7編。森絵都さんの“さばけ具合”が愉快
アンソロジー収録作などを改めて単著にした短編集。「獣の夜」は読者の意表を突く笑劇だ。大学のサークル仲間で企画した美也のサプライズ誕生会。おびき寄せ役の紗弓に美也は“ヘルシーな野菜とかじゃなく、肉食べよう”と主張。野外のジビエ・フェスタに迷い込み、待ちわびる仲間達を尻目に二人はどう猛な食欲を発揮する。その流れに、過去の遺恨や浮気など、肉食系の愛憎がたくしこまれるのがおかしい。ジビエ好きにはたまらないケッサク!
『教養としての生成AI』
ビジネス、創作、教育、医療など、生成AIが人類にもたらす劇的変化
冒頭にこの新書の目指すところが書かれているが、実はこれ、最新の大規模言語モデルGPT-4が書いた文章(ちなみにChatGTPに使われているのはGPT-3)。著者は本書の第1稿をGPT-4を使って10時間で書き上げたとか。GPT-4に企画を100本考えさせるという実例もあり、プロンプトの工夫で精度が上がっていく過程に目からウロコが落ちる。便利であり超ヤバくもある大規模言語モデルの進化。流れは止められない。その恩恵と陥穽を学ぼう。