「世界中の境界線を溶かす」という夢のため、子供たちや企業の教育を中心に活動する平原依文さん。世の中を良くしていくために、溶かすべき、あるいは有効活用すべき「境界線」とは?
夢は「世界中の境界線を溶かす」こと
小学校2年生のとき中国に留学、その後、カナダ、メキシコ、スペインで学んできた平原さん。帰国後は日本で外資系企業に就職し、2022年に自身の夢である「世界中の境界線を溶かす」ために起業、SDGsを通じた教育事業や企業のコンサルなどに奮闘している。その平原さんの言う「境界線」とは?
「年齢、性別、国籍、言語、肩書き…人にはあらゆる違いがあります。それは、その人の生き方の“軸”を形成するものであり、大切にされなければいけない。けれど時に『自分は女だから〇〇できない』『相手が部長だから意見を言えない』など、社会のなかでその違いが、『それがゆえに一歩踏み出せないもの』、つまり『境界線』になってしまうことがある。ですから『違い』を大切にし、その境界線を溶かすことが私たちの目指すことです」
中国とカナダの留学で気づいた、無知から起こる差別
平原さんがそう考えるにいたった背景には、幼いころから覚えていた、さまざまな違和感があった。
「母はシングルマザーとして私を産んで、その後事実婚の相手、私の育ての父と出会います。父とは苗字が違い、自宅には表札がふたつありました。学校では『苗字がふたつあるのは普通ではない』といじめを受けたこともあります」
その際、かばってくれた中国国籍の同級生を見て、中国に興味を持ち、小学2年生で自ら留学を決めた。
「中国に行っても、日本人であるということでいじめられました。けれどそのとき、中国の先生に言われたのです。『あなたはみんなのことを同級生として見ているか、それとも中国人として見ているか』と。そのときに私もまた、境界線を引いていたのだと気が付いたのです」
以来、なんのバイアスもなく、人と人がきちんと向き合える世界のために教育に携わりたいと考えるように。
「カナダに留学した際の、ホストファミリーの存在も大きかったです。事実婚の夫婦で、お互い前のパートナーとの子供も一緒に住んでいる大家族。その関係性も公にしていましたが、周りは誰も気にしていませんでした。いろいろな人や家族がいて、人には違いがあることを誰もが知っていたからです。つまり、知っていれば差別やいじめは起こらない、そういうものは無知から起こる。だから教育こそが大事なのだと、そのときに深く理解しました」
世界を知れば、境界線は溶けていくだからこそ教育が大事
カナダでの高校時代に「高校を卒業したあとに何をしますか」と問われる授業があった。年齢や性別、家柄や国籍にとらわれず、1年間この問いに向き合い続けた結果、「世界中の境界線を溶かす」という人生の夢を見つけた。そしてだからこそ、平原さんは現在、学校や企業を中心に、誰もがお互いを尊重し合える社会のための講演や授業を行っている。
「知らない」ということが「境界線」をつくり出す。それは平原さんが学校で講演をする際にも感じるという。
「世界の起業家などと学生をオンラインで繋ぐ授業をしています。そのなかで、アフリカ系の起業家の方を見た学生が『アフリカ人なのにふくよかなんですね』と言ったんです。アフリカの飢餓のニュースのイメージで、みんなお腹を空かせているのだと思っていたと。けれどその起業家さんの先進的なビジネスモデルを授業で聞いているうちに、学生たちの世界の見え方が変わっていきました」
境界線を溶かすために具体的にできること「想像力を働かせる」
まずは世界を知る。そして日々の何気ないアクションでも境界線は溶かせるという。
「肩書きや役職も境界線になりえますから、役職に関係なく意見やアイデアを言い合えることが理想です。私自身も、肩書きというバイアスを取り払うため、他社の方とメールをする際、最初は『〇〇様』、だんだん『〇〇さま』として、最終的にニックネームで呼ぶことを目指しています。メールの文章も、定型文ではなく、それぞれに向けて書くことで相手のことを考えるきっかけになります。さらにプロジェクトひとつひとつに、どういう人が関わっているのか理解すれば、愛着もわき、気持ち良く仕事ができます。なんとなく与えられた仕事だからと漫然と取り組んでいたら、自分とその仕事の間に境界線ができてしまいます」
境界線を溶かすために大事なのは「想像力」。
「服1枚にしても、原材料をつくっている人がいて、縫う人、流通させる人、デザインする人、ブランディングする人、店員さん、あるいはECサイトをつくっている人がいる。そういうことを想像するんです。その服はワンクリックで届いたように思えますが、裏には多くの人がいると実感することで、社会全体、それぞれの違いに目を向けることができると思うのです」
「まちも、ひとも、アートで照らす」喫煙所の壁を有効活用するプロジェクト
平原さんは、「LightUp Gallery」というプロジェクトをJT(日本たばこ産業)と共同で立ち上げている。これは喫煙所の壁を有意義なものに変えていくというもの。
「喫煙所には喫煙者と非喫煙者の物理的な境界線が必要。だからこの壁を通して繋がることができないかと考えました」
喫煙所の壁に、伝えたいことや、アート作品を設置。壁の内側と外側、両面に描くことで、喫煙者も非喫煙者も壁を見て同じものを感じることができる。
「最初は宮崎県の延岡市役所の市民スペースと喫煙所に、しょうがいのある作家さんや学生さんが描いたアートでラッピングをしたり、垂れ幕をつくりました。さらに延岡市の特別支援学校や地元のアーティストも参加したんです。壁とアートを通して、健常者としょうがい者の境界線も溶かせるのではないかと」
非喫煙者が喫煙所の壁を意識することはほどんどないはず。そこをアートの場とし、健常者としょうがい者がともに展示作業を行い、喫煙者も非喫煙者も、同じように作品を眺める。物理的な壁を利用し、境界線を溶かすのだ。
今後は、神奈川県の川崎駅、長崎県の十八親和銀行、和歌山県のアドベンチャーワールド、東京の高田馬場駅前でも、それぞれのテーマで、このプロジェクトが予定されている。
「長崎の十八親和銀行では、海洋プラスティックゴミを利用したアートを展示します。長崎は漁業が大きな産業ですので、海洋プラスティックを材料にアートがつくれてしまう時点で深刻。その問題提起もしていきたく企画しています。溶かすことのできない物理的境界線なら、利用すればいい、そんな発想の転換ひとつから、行政や学生さんなどさまざまな方からアイデアが集まってくるのは、とても面白いですよ」