女子アスリートの活動の活性化を促進させたい! そんな想いから、2035年の女子スポーツのありたい姿(未来像)を検討するワークショップがスポーツビジネスの総合マネジメント企業 株式会社MPandCの仕切りのもと「日本総研 未来デザイン・ラボ」のサポートを受けて開催された。ここでは、ワークショップで議論された内容を抜粋してお届け。
未来観をベースに、「女子スポーツのありたい姿」を検討
課題をクリアし、ありたい姿を実現させるために――。現状に基づく足元の施策では、「なりゆきの未来」しか待っていない。まず「実現したいこと(目標)と、ありたい姿」を明確に設定し、バックキャストで計画・施策することで慣性から脱却することができる。という考え方のもと「2035年の女子スポーツのありたい姿」について議論を交わした。
今回、素敵なワークショップスペースを提供してくださったのは、セガサミーホールディングス株式会社の里見治紀社長(写真後方中央)。トップアスリートの荒川菜菜子さん(パフォーマンスチア)、大山加奈さん(バレーボール)、海堀あゆみさん(サッカー)、笠原園花さん(チアリーディング)、潮田玲子さん(バドミントン)、杉山美紗さん(アーティスティックスイミング)山根佐由里さん(ソフトボール)が参加し、ディスカッションを行った。
アスリートたちが語る、女子スポーツの課題
アスリートは収入が少ない?子供に勧められない?
まず現在の課題を洗い出す作業のなかで、多くの参加者が課題に感じていたのが「収入が少ない」「自己負担が大きい」ということ。
- 選手ごとに待遇面に格差がある
- スポーツ種、カテゴリー間でも待遇に違いがある
- アマチュアは十分に対価を得られていない
という現状があげられた。
潮田さん(バドミントン)は「アスリートの価値=収入というイメージを持っています。現役のときに思ってたのは、同じように頑張っているのに、スポーツによってなぜこんなに収入が違うんだろう?ということ。個人の収益が増えれば、サポートする人たちの収益も上がる。それが上がらないと、指導者もボランティアになってしまう。地域のサッカーチームのコーチがほとんどボランティアで、それがひとつの美学になっている部分も問題があると思う。価値が上がる=お金も上がるということだと思うので、アスリートの社会的な価値が上がっていくといいなと思う」と話す。
大山さん(バレーボール)は「出産してから、子供にバレーボールをやらせますか?とよく聞かれます。バレーボールに限らず何かに夢中になってほしいとは思うけど、もし子供がバレーボールをやりたいと言ったら、稼げないからせっかくやらせるなら稼げるスポーツを…とも思ってしまいます。それがすごく悲しいです」と発表。
アスリートを目指すことを視野にいれたとき、自分が大好きでやってきたスポーツを子供に心から勧められないのは、とても大きな課題ではないかと感じる。
さらに、スポーツ=体育・部活のイメージがあり、一定以上の金額を支払う風潮がないという課題も。これは、選手だけでなく、指導者の収入が少ないことにも繋がってしまう。
「塾にはお金を払っても、スポーツにはあまりお金を出したがらない人もいる。月3,000円程度では、指導者を雇うためのお金にもならない。では、生徒をどのくらい集めればいいの?という話にもなるけど、地方だったら選手数も少ないのが現実。クラブを持つことがしんどくなってしまう」とは、海堀さん(サッカー)。
さらに、「選手にお金が回る仕組みを考えたい」という話から、スポーツベッティングの話題にも。
海外ではすでに行われているスポーツベッティング。日本のスポーツも賭けの対象となってお金が回っているなか、G7でみると日本だけスポーツベッティングが合法ではないそう。また、「スポーツは純粋でなければならない」「スポーツの価値はお金ではない」という価値観が根強いことから、日本ではスポーツベッティングが毛嫌いされている傾向もあるという。
「スポーツベッティングを合法化することで選手に還元されるのではないか」「もっと勝ち負けやプレー内容について、こだわってもよいのではないか」「勝ち負けや試合中のプレーに応じて投げ銭が与えられるシステムも検討したい」など、深いディスカッションとなった。
アスリートのセカンドキャリア形成の難しさ
アメリカでは、選手に対してセカンドキャリアも視野にいれたキャリアディベロップメント(中長期的な目標を設定し、その目標に向かって必要な資格、積んでおくべき経験や能力を計画的に構築していくこと)が行われているという話も聞かれるが、日本の実態は…?
「そんなことは考えるなというスタンスでした」(大山さん/バレーボール)
「指導者が、いかに視野を狭めるかということに力を注いでしまっている現実がありますよね」(杉山さん/アーティスティックスイミング)
「引退して10年経ちました。セカンドキャリアについての質問を現役世代から受けることもあるのですが、自分の経験からは良いアドバイスができず、難しい問題だと感じています」(潮田さん/バドミントン)
など、キャリアプランに関して学ぶ機会が少ないことがあげられた。また、引退した後の受け皿や収入源が必要だが、組織や協会は十分にサポートしていないという課題が明らかに。
女性の身体への理解不足
女性の身体について、選手も指導者も正しい知識を得る機会がなく、我慢して当たり前の状況。
「2013年当時、生理が試合と重なって大変だったことがありました。当時はピルも知りませんでした。ずっと水の中にいて冷えるので、ひどいときは気を失ってしまう人もいたほど。でも練習は休めない。選手だったときも、生理だから休みたかったかと言われたら、キャリアに対する焦りもあるし…女性ならではの難しさだと思う」(杉山さん/アーティスティックスイミング)
一方で、海外で活躍してきた笠原さん(チアリーディング)は「オーストラリアでは、ピルは結構使われていました。周りの選手たちも親が使っているからか、みんな使うのが当たり前でした。生理のときは休んでと言われていました」と話す。
海外に比べると日本では生理へのコントロールに対する認識が遅れているのは周知の事実。休むことによるキャリアの不安についても、選手が安心して休めるよう、価値観のアップデートが必要と感じる。
「女性の生理とコンディションの問題は、指導者が学ぶ必要がありますよね。指導者側から変わっていくのが手っ取り早いと思います」(杉山さん/アーティスティックスイミング)
指導ライセンスを取得する際、教育プログラムに女性の身体に関するセミナー・講習を組み込んではどうかという話題にもなり、ぜひ実現させてほしいと願うばかりだ。
まだまだ多くの事例が議題にのぼったが、日本代表にまでのぼりつめた方々が直面しているこれらの課題を受けて、このままでは日本の女子スポーツは縮小していってしまうのでは?という懸念すら抱いてしまう。
では、どうしたら現状を打破し、アスリートの価値を上げていけるのか。アスリートたち自身の手で“ありたい姿”を描くワークショップを通してまとめた「女子スポーツの未来像」とは?
アスリートたちが考え出した「2035年頃の女子スポーツのありたい姿」
ワークショップでまとまった未来像を、抜粋して紹介。
指導者の選手のメンタルへの影響が可視化され、指導者が正当に評価される未来
- 指導者のハラスメントによるアスリートの精神状態への悪影響に対する対策が必要とされている。
- 従来のように指導者の選手時代の実績が重要視されるのではなく、アスリートのウェルビーイング実現のために、指導がどれほど選手のメンタルに寄与したかなどが可視化されることで、指導者は公正公平に評価されるようになる。
コーチの役割が細分化され、指導者と生徒の的確なマッチングが可能になる未来
- コーチに求められるスキルが多様になり、技術からメンタルヘルス、チームビルディングに至るまで、ひとりのコーチが専任せず場面に応じて複数のコーチが指導する体制が広まる。
- また、AI などのテクノロジーの進化によって、アスリートのニーズに沿った相性の良いコーチとのマッチングも可能となり、結果としてハラスメントの防止にもつながる。アスリートによる指導者への評価の重要性も高まる。
- 指導者にとっても、スキルを深掘りする体制が整備される。
アスリートの価値が(将来予測を含む)プロセス評価で決まるようになる未来
- スポーツで培った挫折や成功体験が競技者以外にも共有され、ビジネスや日々の生活にも活かされるようになる。
- アスリートは現役時代に残した実績にとどまらず、どれほど汎用的な経験を積んだか、豊かな人格を有しているか、など多様な側面から評価されるようになる。
- また、現在の評価だけではなく、潜在能力など将来的な予測も加味して評価されるようになる。
アスリートの人生を証券化し、ファンが投資商品として購入することが一般的になる未来
- スポーツする人としない人、互いに支えあう風潮が一般的になる一方で、予測技術の向上により、スポーツ選手の将来をある程度推測できるようになる。
- その結果、スポーツの楽しみ方が拡張し、従来のような観戦、物販購入やスポンサード、投げ銭やベッティングにとどまらず、スポーツ選手を証券のような投資対象としてみなすようになる。
- 投資商品としての仕組みが整備されることで、競技者も十分な対価が得られるようになる。
適性のあるスポーツを遺伝子レベルで解析し、最適なスポーツの技能をシミュレーションする未来
- 遺伝子解析技術が進展し、身体の強靭さ、伸びやすい運動能力などが推定できるようになる。
- 子供の遺伝子を解析することによって、当人にとって最も活躍が期待できるようなスポーツを、本人の意思や周囲の大人の集める情報に限定されずに探索できるようになる。
現役寿命から逆算した現役生活の価値の最大化
- シミュレーション技術の確立により、人生における各プロセスおよび全体に対するシミュレーションが可能になる。
- 残りの現役寿命はどれだけか、どのように過ごせば現役生活の価値を最大化できるのか、が予測できるようになり、日々の練習などの生活の仕方がシミュレーションをもとに行われるようになる。
セカンドキャリアを中心に見据えて現役時代を過ごすようになる未来
- シミュレーション技術の確立により、人生における各プロセスおよび全体に対するシミュレーションが可能になる。
- 選手としての価値を最大化するよりも、指導者として大成することを目的に現役生活を送るなど、現役時代からセカンドキャリアを中心に見据えることが当たり前になる。
- そのための判断材料の提供や指導者関係者の理解・支援など、受け入れ態勢が充実しており、選手の選択肢が広まっている。
この“ありたい姿”を実現させるためには、選手や指導者だけに関わらず、応援する側の人、そして技術などの側面も含めた社会全体の変化が必要不可欠。
選手が余計なストレスにさらされずのびのびとプレーできる環境が整い、スポーツを楽しめる未来に向けて観客側も理解を深め、応援していきたい。