本当は興味津々なのに、決して踏み出せない――芸人 紺野ぶるまさんの自分観察。【連載「奥歯に女が詰まってる」】
「いえいえ」に激怒する女

最近私のなかで使わないと決めている言葉がある。
それが「いえいえ」だ。
「ありがとう」などとお礼を言われた際に「いえいえ、とんでもありません」と謙遜の意味合いで使われることが多いが、意外と難易度が高いことに気づいたのだ。
先日いつも行く飲食店でサラダを食べていたときのことである。
レタスに小さな虫がついていた。
飲食店でバイトをしていたからわかるが、衛生的にしっかりしていても時にこういうことは起こる。フォークで「ピッ」とよけてなかったことにもできるが、少し後味が悪い。
何せそのお店の料理や雰囲気が好きなのだ、好きなままでいたい。
「すいません、とても小さい虫がいて…本当にすいません、気になってしまって」と丁重に申し立てした。
「あ…失礼しました」と言って、すぐに新しいレタスに取り替えてくれた。
私が「すいません、ありがとうございます」というと「いえいえ」と返されたのだ。
その「いえいえ」に虫が入っていたとき以上に気分を害したのである。
「いえいえ」に「レタスを変えてやった」と言う本心がこぼれている。「こんな小さな虫一つでクレームを入れる私」と「きちんと対応する店側」の構図にされたことが気に食わない。
もちろん自然現象に近い小さな虫だが、それは私が飲食店のバイト経験があっての見解ではないか!と憤慨したのだ。
それからというもの「いえいえ」に特別厳しくなってしまった。
共演者の方に「ネタ見ました〜すごいですね〜」と言ってもらったとき。さほど好きではないんだろうなとなんとなく雰囲気から感じ取りながらも「ありがとうございます」と言うと「いえいえ」と褒めてあげた感を出されて心を閉ざす。
優先席に座ってる買い物帰りの若い人が子供を抱いている私を見て「どうぞ」と言ってくれたのでお礼を言うと「いえいえ」と譲った感を出されて席に座るのが不服になる。
「いえいえ」はなかなかむずかしい。
言われるのも言うのも怖い。
後輩に何かをご馳走してお礼を言われたときでも、ぶつかられて謝られた時でも、「いえいえ」と言いそうなときは「こちらがありがとうございます(またはすいません)」と返している。
会話はやや噛み合ってないが、とりあえず不快にはさせないで済むのである。と同時にめちゃくちゃ腹が立ったときには、相手にどや顔の「いえいえ」を送ってやろうと必殺技として隠し持っているのだった。
最後に
「いえいえ」という人の本音とかけまして
鍋と解きます。
その心はどちらも
あくが多くてこぼれてしまうでしょう。
紺野ぶるま(こんのぶるま)
1986年9月30日生まれ。松竹芸能所属。著書に『下ネタ論』『「中退女子」の生き方 腐った蜜柑が芸人になった話』『特等席とトマトと満月と』がある。
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