本当は興味津々なのに、決して踏み出せない――芸人 紺野ぶるまさんの自分観察。【連載「奥歯に女が詰まってる」】
マッサージされながら反省する女
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これを書いている翌日にR-1の準決勝を控えている。
何度か準決勝を経験させてもらってるが未だ慣れない。ノウハウを掴めていない。
そのため私は直前まで出れるフリーライブにエントリーさせてもらうようにしている。出ていくうちにネタは仕上がり、体に染み込むことも稀にあるが、不思議なものでそうならないことの方が多い。
セリフの言い方が気付かぬうちに変わっているのか最初はウケていた箇所がウケなくなったり、大好きだったはずのネタの鮮度が落ち、大嫌いになったりする。
そうして不安は増し、これでも足りないと体がボロボロになるまでライブに出続ける。
小劇場の楽屋は壁が薄い。自分のネタ中に芸人たちの声が気になって仕方ないときもある。
だがネタが面白かったら関係ない。それでもウケる自分でいたい、と袖で録音したネタの音声を分析する日々を続ける。
次第に体の疲れが限界に達し眠りも浅くなっていく。
そうなったときに行くと決めているタイ式マッサージがある。淡々と体をほぐしてくれ、無理して会話をしようとしないのも気に入っている。
お店はコンパクトで、ベッドは布一枚で仕切られている。お互いを思いやり、みんな小声で過ごすような調和も好きだった。
が、先日はひどかった。
施術をしてくれた女性は序盤からとても丁寧だった。リラックスできそうな空気に喜んでいると、店内にいた男性スタッフが終始強くドアを開け閉めしてお店を出入りしたり、小銭をばら撒いたり独り言を言い出したのだ。バタバタと歩き回り、トイレのドアも「バン! バン!」と風圧がこちらまできそうな勢いである。
もはや施術よりも「あの人が次はいつ外に出て行ってくれるのか」「なぜそんなことをするのか」しか考えられなくなってしまった。
その男性が店外に出た三度目、ついに私は「すいません、あの方流石に気になります」と言ってしまった。
「お姉さんがとてもちゃんとやってくださってるのに…残念すぎます」と。
「そうですよね、すいません。私も本当に信じられません。リラックスできないですよね。今出て行ったので静かになるので」と言ってくれ、ホッとしたのも束の間、彼はすぐ戻ってきてまたすぐレジの小銭を数え出した。
だんだん注意をしてくれない施術者にも腹が立ってきた。なんだか裏切られた気分だった。
その男性が「ガン!」とスマホを置いた音をきっかけに、施術者の女性はサイレントで注意をしてくれた様子だった。
男性は気分を悪くしたのか反省したのかすぐ出て行ってくれた。
が、私はどんな理由だったとはいえ初めてクレームを入れたことへの緊張や、施術者は今何を考えているかが気になったまま最後まで過ごした。
序盤で「丁寧」と感じたその人の施術も結局堪能できず、うまいかどうか判断できず終わってしまった。
彼女は何も悪くない。
私はお笑いに出ている自分を回想し反省していた。どうせ隣でうるさくされるものだから、なんて思ってはダメなのだ、と。ちゃんと観てもらえない前提の舞台だと、甘んじていたかもしれないとも思った。
それでは元々できていたこともできなくなって、新しい能力なんて身につくわけがない。
楽屋がうるさいのならばもういい年なのだし、必要ならば注意しなくてはいけない。
どんな小さな舞台でも責任を持って全力でやらなければならない。
フリーライブに出るのを少し休んで、稽古場を借りて大きな鏡の前で今一度自分の動きを後輩に観てもらった。
一人でもその作業をしてみた。
驚くほどネタが良くなったのがわかる。やはり、隙だらけだったのだ。これで受かるかはわからない。
ただしばらくはフリーライブに行く時間をなるべく稽古場にあてようと思う。
——と、ここまでが前日に書いたものだ。
そして今は準決勝後である。
しっかり落ちた。スベってはないがぼろ負けという自負がある。みんな私がマッサージに行ってる間に稽古場に行き、フリーライブに行っていたのだろうか。
「いやいやみんながみんなじゃないだろ、運もあるだろ、やれることはやったし」とセルフで労らないと眠れない夜なのだった。
最後に
肝心なときにうるさくされるとかけまして
引っ越ししたてでテーブルがないと解きます。
その心は
どちらも台無しでしょう。
紺野ぶるま(こんのぶるま)
1986年9月30日生まれ。松竹芸能所属。著書に『下ネタ論』『「中退女子」の生き方 腐った蜜柑が芸人になった話』『特等席とトマトと満月と』がある。
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