本当は興味津々なのに、決して踏み出せない――芸人 紺野ぶるまさんの自分観察。【連載「奥歯に女が詰まってる」】
映画『ファーストキス』で大事なことを思い出す女

現在公開中の映画『ファーストキス』を鑑賞してきた。何せ脚本の坂元裕二さんと松たか子さんのタッグが大好き。結論からいうとめちゃくちゃいい映画だった。
観終わるころには席から立ち上がらないほど嗚咽して泣いていた。松たか子さん演じる女性が冒頭で夫を事故で亡くしてしまうのだが、実はこの夫婦は不仲だった。
大好きで結婚したのに、生活をしていくうちに徐々にそうなっていったのだ。そんななか、妻がタイムトラベルする術を身につける。2人が出会った日に戻り、当時の夫に対峙すると、また徐々に恋が再熱して…と、ここまでが公開されているあらすじである。
この冒頭のような経験がわたしにも実はある。もちろんタイムトラベルはしてないが。出産をするために入院した時の話だ。
夫が大好きで、たった四日間でも離れるのが寂しかった私は、使い古し匂いが染みついた夫のインナーを持参した。
しかし子供が生まれその可愛さに衝撃を受け注力していると、だんだんそのインナーがゴミに思えてきたのだ。どうしてこれがここにあるのか思い出せないほどだった。
帰宅してからも、赤ちゃんを見た後に夫の顔を見るとやたら大きく見えて引いてしまったり、気遣いで「寝ていいよ」と言ってくれているのに「私の好きにさせて」と突っぱねてみせた。
しばらくして本棚から一冊のノートが出てきた。そこには確かに私の字でこう書いてあった。
「出産するとホルモンの関係で旦那さんのことが嫌いになってしまうことがあると本で読みました。それは嫌なのでここに好きなところ10個書いておきます」と始まり、20個近く書いてあった。
こんなものを書いたっけ…とやはり思い出せなかった。
仕事熱心なところ、家族思いなところ、お年を召された方に優しいところ、私をたくさん寝かしてくれるところ…読んでいくうちに涙が止まらず「もしかして本当はものすごくいい人なのでは…」と猛省し、態度を改めた。
そして3年近く経った今、まさにまた忘れかけていた。
日々の生活に追われ感謝や彼のいいところよりも彼の足りない部分にばかり目が行ってしまっていた。生活とはそういうものなのかもしれない。この映画を観て、またあのノートを思い出した。
坂元裕二さんが描く時間の概念に何度救われたかわからない。
時間とは場所みたいなもので、過ぎゆくものではない。例えその相手がもうこの世にいなかったとしても、そのときを思い出せばその人はちゃんとそこにいて、何度でも会いにいくことができる。
とか言っておきながら3日後にはもう「なんでこんなこともできないの!」と怒り散らしているのだから、あのノートに記された彼への気持ちをコピーして冷蔵庫にでも貼っておこうかと本気で検討中である。
最後に
大切な人とかけまして
お笑い芸人と解きます。
その心はどちらも
会い方(相方)が大事でしょう。
紺野ぶるま(こんのぶるま)
1986年9月30日生まれ。松竹芸能所属。著書に『下ネタ論』『「中退女子」の生き方 腐った蜜柑が芸人になった話』『特等席とトマトと満月と』がある。
Instagram @buruma_konno
X @burumakonno0930