本当は興味津々なのに、決して踏み出せない――芸人 紺野ぶるまさんの自分観察。【連載「奥歯に女が詰まってる」】
第55回 彼氏がいないのに結婚するかどうか悩んでいる女
「週5で出れるって言っておけばいいのよ。嘘じゃないよ、誰だって身内の不幸とかあったら休むんだから。そしたらその人は嘘ついたことになるの? ならないよ。何があるかなんてわからないんだから、出れるも出れないもまだわからないんだから一旦出れるって言っちゃえばいいさ」
芸人だけではまだ食えない頃だった。
バイトの面接に受からないと悩むわたしに沖縄訛りの芸人の先輩がこう教えてくれた。もう10年近く前の話なのに、時々思い出す。物事の真理が詰まってるような気がするからだ。
20代後半のわたしはずっと悩んでいた。
いや未だに毎日何かしらでは悩んでいるけど、この時のトピックスは常にこうだった。
「本気で結婚相手を探すかどうか」
四六時中これを悩んでいた。迷っていた。
本気を出して結婚相手を探し出した暁には、少なからずその旨を伝えるわけで。だって本気なのだから「結婚を前提に」を伝えて付き合う。相手もその気になって時間を過ごす。
しかし、わたしにはまだやりたいことがたくさんある。
いざ結婚となった時に急にブレイクしたら? それで結婚に尻込みしたら? 知名度が上がったらもっといい人いるんじゃないかなんて、思ってしまうんじゃないか、そんなのは相手にも悪いし…。
「だからまだ本気を出して探さないほうがいいのかな…」
昔、少女漫画の月刊誌の募集企画で新しいキャラクターを考えようというものがあった。いざポストに投函しようとすると、それがあまりに力作すぎて、掲載されたら学校で目立ってしまうとか、漫画家のスカウトが来たら学校と両立する自信がないとか悩んでいたら締切が過ぎてしまったことがある。
自信のありすぎは、時にこうして行動を妨げることがあるから、わたしにはちょうどいい自信のあり方が尊い。
結局30歳が近くなった頃、ジェーン・スーさんのエッセイで「市民マラソンも走れない人(彼氏を作れない人)が、国際マラソンなんて走れるわけがない(つまるところ結婚まで辿り着けない)」という一節を読んでとりあえず人と付き合おう!と思い、今のダンナと付き合い、その後本当に結婚するのだけど(ジェーン・スーさんのおかげ!!)。
しかしその後すぐにわたしは悩み始めた。
今度は「本気で子供を作るかどうか」だった。
子供はほしい、だけどやりたいこともある。
やりたいことが大事すぎるのではない、まだ見ぬ我が子が既に“おおごと”すぎるのだった。
同い年にして大家族の友達に「作りなよ〜かわいいよ〜」と言われても、自分にとって子供とは己の全てを注ぎ、我などはすべて封印、死ぬまで大きな器で包み込むべきもので、「そんな気楽に決めれるか!」と憤慨した回数は数えきれない。
結局蓋をあけてみれば、わたしには考えてる時間なんてなかった。
卵巣年齢を測れば閉経寸前の数値で、子宮頸がん検診の結果もそれはそれは危ういもので、途中から悩みは「できないかもしれない」に変わった。
そんな土壇場でも、わたしはまだ少し「本当に子供に全てを捧げられるか」と悩んでいたのだから、その取り越し苦労に誰でもいいから肩を叩いて「えらいね」と労ってほしい。
結果「子供も仕事もすべて同じくらい大事にする! すぐに仕事復帰して子育ても頑張る! これ海外では普通だよ…?」
というところに落ち着いた。
そしていま第一子を産んで約一年が経つ。
子供は思ってた5億倍“おおごと”だった。
己の全てを注がなければならない、なんてものではない。注げることがこの上ない程幸せで、我など消える心地よさ、死ぬまで大きな器で包み込みたいと自ら懇願している。
あのとき誓った「子供も仕事も〜」の言葉に嘘は一つもなかったし、いまでもそう思っている。が、それもこれも産んでから考えても遅くなかったなと思う。だってあの時考えていたことすべて皆目見当違いだったのだから。
この前、30歳の後輩の女の子が「結婚もして子供もいつか欲しいけど、仕事もうまくいってるし、いつからそのモードになればいいのかわからない。そもそも彼氏もいないけど」と言っていて、思わず話だしてしまった。
「それはもう動いちゃっていいと思うよ。例えば、バイトの面接で週5回出れるって言って受かったとして、身内に不幸があったら結局その週は全然出れないでしょ? でも誰も怒らないじゃん? いいんだよ、気にしなくて」
あの時の自分にいうように鼻息荒く言った。
気持ち沖縄訛りだったと思う。
話してる途中でなんでこの例えを出したんだろうと後悔した。“百聞は一見にしかず”とかそんな言葉でまとめあげれたのに、なんならあの少女漫画のハガキの例えでもよかったのに。
後輩はただ“ポカン”としていた。
沖縄の先輩は20年目にして最近漫才の調子がいい。ずっと面白かったから、先輩が変わったのではなく、世間がついてきたのだと思う。バイトの方は相変わらず転々としているらしい。
最後に
バイトのシフトとかけまして
沖縄旅行と解きます。
その心はどちらも穴(ANA)がつきものでしょう。
今日も女たちに幸せが訪れますように。