令和の清少納言を目指すべく、独り言のようなエッセイを脚本家・生方美久さんがお届け。生方さんが紡ぐ文章のあたたかさに酔いしれて。【脚本家・生方美久のぽかぽかひとりごと】
アット・ザ・‟トーキョー”
祝・引越し!! 毎月このエッセイを読んでくださっているモノズキな方はご存じの通り、わたしの自宅はとにかく狭かった。6畳の1K。ベッドが大半を占め、物で溢れかえるその部屋に引っ越したのは2022年の5月。『silent』の製作が決まり、毎日せっせと執筆や打ち合わせを重ね、手話教室に通い、専門書を読み、それでいて看護師の仕事もしていた。今その頃を振り返ると、あんまり振り返れない。記憶が曖昧だから。忙しすぎたからか、真新しいことがありすぎたからか、精神的に参っていたからか。記憶が曖昧なので、記憶が曖昧な理由も、曖昧。明確に覚えているのは、その年の8月末に看護師の仕事を退職し、翌日がドラマのクランクインだったこと。クリニックの勤務最終日も、退職したその足で打ち合わせに向かった。終わり際にドラマのスタッフたちが「看護師さんお疲れさまー!」と花束をくれた。すごくうれしくて、ありがたくて、でもとにかく眠かった。1秒でも早く帰って寝たいと思ってしまった。それがなんだか申し訳なかった。そんなことはよく覚えている。
自分の今後の年収がまったく想像できないタイミングでの引っ越しなので、かなり慎重になった。考えて考えて、その6畳1Kを住処に決めた。その街で、連ドラを3本つくった。その部屋で、よく泣き、よく泣き、よく泣いた。あとよく叫んだり、枕を壁に投げつけたり、床に綿棒や楊枝といった細長くて拾うのが大変な上に衛生管理も必要なものをよくぶちまけてしまい、また泣いた。思い出がいっぱいの6畳1K(にっこり)! 早く出たかった(苦笑)!
出れた(満面の笑み)! とっても住みよい1LDK!この生活を手放したくないので、また記憶をなくしてでも必死に働き続けると決めた。フリーランスのみなさん、ギャラ交渉ってどうやってるか、教えてください。
都会がすき。今回の引っ越しも、「都心へ! より都心へ!!」という心持ちで決めた。仕事への行きやすさはもちろんだが、とにかく都会がすきなのだ。
田舎で生まれ育った。田舎特有の、人と人との距離の近さが苦手だった。ご近所さんで助け合い!なんていうと聞こえはいいし、実際に良い側面もたくさんある。ただ、他人に興味を持ちすぎている感じが、怖かった。わかりやすいのは噂が回るスピード。どこどこさんちの長男がまた大学に落ちた。だれだれさんちのおばあちゃんが老人ホームに入った。あのお家に大きな新車が停まってた。商い儲かってんのねぇ。……みたいな。別にいいじゃん!ほっときなよ!みたいな。田舎はそういう会話が多い。その点、都会はいい。隣に誰が住んでるのか、知らなくていい。ご近所さんの職業も学歴も興味がないし、興味を持たれない。外車がたくさん走っていて、誰が運転してるかなんて、どーでもいい。かといって、田舎でよく聞く「都会の人は冷たい」もあまり感じない。
先日、街を歩いていたら人混みがあった。芸能人でもいるんか?と思ったら、倒れた人の応急処置をする人たちの群れだった。フィクションでよく見る、ニヤニヤしてスマホパシャパシャ…みたいな人はおらず、順番に心臓マッサージをしているようだった。一応元医療従事者の自分、参加せねば…!と思ったら救急車が到着した。通りかかった都会人が、倒れた都会人のために呼んだ救急車。倒れた都会人、元気になってるといいな。都会の人、冷たくないと思う。なんなら東京の中でも都会であればあるほど品がありマナーを守る人が多い。住みよい。引っ越してみてまず驚いたのは、深夜に酔っ払いの声やバイクの音で起こされないこと。前の家ではよくあった。都会は意外と夜がちゃんと静か。新宿や渋谷のど真ん中のようなタイプの都会には当てはまらないが、都心の住宅街は意外と静かで、住みよい。いま脳内でシソンヌじろうさんの「住みよい……」がずっと再生されている。
引っ越し早々、仲の良い監督が新居のある街まで来てくれて、ご飯に行った(都会は飲食店が多いのもいいね~)。店を出てすぐ「お家このへん?」「はい。すぐ近くです。来ます?」「えっ行く行く!」という、とてもナチュラルで爽やかな品のある口説き方でお家にお招きした。大学生の男の子が気になる女の子を家に呼ぶときってほんとに緊張するんだろうなぁ、と思った。がんばれ男子大学生。インスタントのあんまり美味しくないコーヒーを飲みながら、ここまで説明したような都会の良さを話す。「都会っていいよねー」と同意が得られてうれしかった。新居のある街の名前を出すと、「家賃高くない?」と眉をひそめられることが多い。その地域の1LDKの家賃相場を調べたら、自分のマンションの家賃より+10万ほどの数字が出てきた。イメージほど高くないよ!と主張したかっただけなのに、事故物件とかじゃないよね…?と逆に怖くなってしまった。兎にも角にも、そういう感じなので、みんな、ネットを鵜呑みにしないで。(仕事が継続できれば)ちゃんと生活が継続できる家賃です。
でもほんと、誰になんと言われても、都会がすき。どこにどうお金をかけるかはその人の自由。わたしの車ですか?あ、違います違います。外車じゃないです。国産の軽自動車です(にっこり)! 軽自動車の黄色いナンバープレートが、品川ナンバーになりました(満面の笑み)! お高い車に乗ってる人を見ると、なんで車にお金かけるんだろー。そんなに稼いでんのかなー。と、つい思ってしまう。けど、その人は郊外の古びた団地に住んでるかもしれない。もやし炒めばかり食べ、趣味はメルカリの出品かもしれない。節税とか投資とか、そっち目的の高級車かもしれない。人それぞれ、どこにどうお金をかけるかは自由。ひとつの側面で、人を決めつけるのはやめたい。決めつけられたくないから。
自身初となる劇場映画が公開された。奥山由之監督『アット・ザ・ベンチ』。東京・二子玉川の川沿いにある古ぼけたベンチを舞台に、人々の何気ない日常を切り取ったオムニバス映画。第1編と第5編の脚本を担当しました。出演は広瀬すずさんと仲野太賀さん。東京で生まれ育った奥山さんが感じてきた‟変わり続ける街”の景色を残したいという想いからはじまった作品です。二子玉川周辺なので、都会!って感じではないものの、やっぱりちゃんとビルが見えて、人がいて、あっという間に移り行くその様は、‟ザ・トーキョー”という感じがする。そんな変わっていく街での、変わらない関係性、でも変わってほしい関係でもあり……………という幼馴染の男女のお話を書きました。とても心地よくて愛おしい、大切な作品になりました。こんなにも、りこちゃん(広瀬さん)とのりくん(仲野さん)がいる!という感覚になれるのかと驚いた。お芝居や演出、撮影、録音、照明、音楽、編集、ヘアメイクやスタイリング、細かな小道具に、そしてあの場所。すべての魅力が柔らかくもガチっとはまった結果だと思います。ぜひ映画館でご覧ください。
脚本家って別に東京にいる必要ないんですよね。地方に住んでいる脚本家さんもたくさんいらっしゃいます。今はリモートだってあるし。でも、どうしたって東京がすき。都会がすき。他者に興味がなく、自分のことで精いっぱい。人も景色もどんどん移ろい変わるさびしい街。そういうとこもぜんぶひっくるめてすき。あのベンチみたいに、「ここにいる必要ある?」と思われながら、堂々と、のほほんと、トーキョーに佇んでいたい。
映画『アット・ザ・ベンチ』11 ⽉ 15 ⽇(⾦)よりテアトル新宿、109 シネマズ⼆⼦⽟川、テアトル梅⽥ほかにて全国ロードショー
生方美久(うぶかたみく)
1993年、群馬県出身。大学卒業後、医療機関で助産師、看護師として働きながら、2018年春ごろから独学で脚本を執筆。’23年10月期の連続ドラマ「いちばんすきな花」、’24年7月期の連続ドラマ「海のはじまり」全話脚本を担当。