“わたしの心地よさ”を基準に行動することが、ウェルビーイングに生きるカギになる。そのために、もっと自分自身を知る=自分のトリセツを手に入れませんか? 保健学博士の島田恭子さんがナビゲート。【連載「自分学 わたしのトリセツ」vol.31】
息子、宇宙人説

突然ですが、 小学生男子、理解不能です。
「なんで、脱いだものぜんぶ、そのままにする?」
「なんで、消しゴムそんないつも、なくす?」
「なんで、ベッドの下から、カビたパンがでてくる?」
「いったい何千万回、おなじこと言えばわかってくれるのだろう?」
ぜんぶ、私の経験したこころの叫び。
毎日、怒りの炎がメラメラメラ。
そして少しでも良くなってくれればと、根気よく言い続ける母たち…。
でもね、その労力、もしかしたらものすごーい時間とエネルギーのムダ遣いかもしれません。
「天気も人も、変えられない」

私がなぜ、今は息子と笑い合っていられるのか。
それは研究を通して、私にとっては雷に打たれたような発見をしたからです。
大学院の研究室で私は、山のような論文を読み漁っていました。予防医学の研究をしていると、「人はなぜ健康になれないのか」という問題にぶち当たります。 その答えのひとつは、
「みんな、コントロールできないものを懸命にコントロールしようとして、疲れ果てている」
ということでした。
たとえば、子どもの成績。
どんなに「勉強しなさい」と言っても、テストの点数は子どもが取るもの。
たとえば、子どもの性格。
どんなに「もっと積極的に」と言っても、シャイな子はシャイ。
そして、我が息子。
どんなに「プリント出して」「宿題しなさい」「お風呂入って」と言っても、やらない子はやらない。
私はハッとしました。 「あ、私、息子を変えようとして、10年も戦ってる」
天気と同じように、人は、たとえ息子でも、変えられないものなのに…。
人のことは全部、私にはコントロールできないもの。
まさにわたしは「コントロールできないものをコントロールしようとして、疲れ果てている」のでした。
心理学の偉人たちも言っています。
人を変えることはできない。真冬の海に向かって「もっと暖かくなれー!」と叫ぶようなもの。 寒いままです。疲れるだけです。
息子改造プロジェクト、中止のお知らせ

家に帰って玄関に、靴とランドセルと脱ぎ捨てられた靴下を、見つけたとき。
いままでは、靴下→私の説教、の連鎖反応が起きるところです。
でも私は、靴下を拾って、ただこう思います。 「今日も元気に帰ってきた証拠だな」
そして靴下を洗濯カゴに入れ、自分にご褒美をあげることにしました。
「よし、怒らなかった私、えらすぎ。美味しいコーヒー飲もう」
放置力って言葉、ありますよね、それですそれです。
「放置力=コントロールできないものは手放す」
少しずつ私は、息子を変えるプロジェクトをやめていきました。代わりにはじめたのは「自分をゴキゲンにするプロジェクト」。
プリントが出てこなくても、「困ったときはなんとかする試練を身に着けるだろう」と思うことにする。
宿題をやらなくても、「いつか、やらなきゃ、って自分で思う日が来るさ」と考える。
お風呂に入らなくても、「死にはしない」。
そして、イライラしそうになったら、ルーティンを決めておく。
息子の場合は、赤ちゃんの頃の写真を見る。
あの頃は、ただ生きているだけで、100点満点だったのに。

そうすると、手放すだけでなく、寄り添うことができてきました。何より自分がキゲンよくいられることができました。
手放す→そしてキゲンよく。
放置力とゴキゲン力。
すると、不思議なことが起きました。
10年かけて怒鳴り続けても変わらなかった息子。私が変えようとせず、ゴキゲンでいたら、変わってきました。気づいたら前よりも、やってほしいことを自分からするようになっていました。
子どもとうまくやる方法。
それは、子どもを変えようとがんばるのをやめて、自分が機嫌よく生きること。
相手とうまくやる方法。
それは、相手を変えようとがんばるのをやめて、自分が機嫌よく生きること。
だって考えてみてください。 いつも変えようとしてイライラしている人と、いつも笑っている人。どっちの言うことを聞きたくなるでしょう?
そして、息子に対するムダな努力からの解放は、小学生男子にだけではなく、パートナーや親、身近なすべての人にもつながっていきました。
あれから10年。
息子の足も靴下も、ずいぶん大きくなりました。
靴下を脱ぎっぱなしにしていないか、お風呂にちゃんと入っているか…それはわからないけれど、いまの息子と私は、なかなかいい関係です。
島田恭子(しまだきょうこ)
予防医学者・保健学博士。医学や心理学の知見を、女性のウェルビーイングに役立てたいと活動中。(社)ココロバランス研究所代表。
https://customer-harassment.org/kyokoshimada/