映画ライター渥美志保さんによる連載。ジャンル問わず、ほぼすべての映画をチェックしているという渥美さんイチオシの新作『スペンサー ダイアナの決意』をご紹介。
ダイアナ妃、離婚決意までの3日間
イギリスの王室って、映画やドラマでその内幕が描かれることが多く、日本の皇室とは全然違うな~なんて思います。例えば先日亡くなった英国王室のエリザベス女王は、Netflixで配信されている『ザ・クラウン』や、映画『クイーン』でも描かれているし、ダイアナ妃はすでに『ダイアナ』という作品が作られています。『スペンサー』はその最新作といえる作品で、ダイアナ妃がチャールズ皇太子との離婚を決意したといわれる、1991年のクリスマス、その3日間を描いた作品です。
英国王室の伝統やしきたりにも注目
映画が描くのは、エリザベス女王の私邸で行われる英国王室恒例のクリスマス。そこではあらゆることが「伝統」にのっとって行われています。例えばついてすぐに、天秤(体重計じゃなく)で体重を測定すること。1847年にアルバート王子が始めたもので、「楽しんだ証に1キロは太ること」というオチですが、これが伝統として今も続いています。クリスマスといったら家族で集まって暖炉の火を囲み、自由に飲んで騒いでゆったりと過ごして…というイメージがありますが、英国王室にはそういうものはありません。何を食べるとか、プレゼントはいつ開けるとか、礼拝にはいつ行くとかはもちろん、3日間の食事の時にそれぞれどのドレスを着るかまで決められています。そういう中で育った人にとってはそれが普通なんでしょうけれど、そうじゃなければそりゃもう息が詰まるだろうなという感じです。さらに彼女の監視役として、新たに執事が雇われていたりもして、もうたまったもんじゃありません。
孤独や苦悩を目の当たりにして、何を思う?
映画には彼女の抑圧を象徴するものが2つ登場します。ひとつは、なぜか置かれていた「アン・ブーリン」の本。アン・ブーリンは15世紀の英国王ヘンリー8世の2番目の妻で、離婚した後に処刑された女性です。夫とカミラ夫人(現王妃)との不倫に悩んでいた彼女は、アン・ブーリンに自分を重ねてゆきます。もうひとつは、夫が用意した真珠の首飾りなのですが、夫は同じものをカミラ夫人にもプレゼントしているんですね。一般の感覚でいえば無神経この上ない様々なことを、おそらく悪気なく、なんてことないこと、当たり前のこととしてやってしまう周囲に、ダイアナの神経はどんどん削られてゆきます。イブの晩餐の席でアン・ブーリンの幻覚を見て、そのストレスが極まって行く場面の恐ろしさ。料理もドレスも調度品もすべてはこれ以上ないほど美しく、それゆえにダイアナの孤独や苦悩はより際立ちます。
映画は現在公開中のドキュメンタリー『プリンセス・ダイアナ』と併せてみると、より深く楽しめると思います。本当に豪華な美しい世界だけど、私もダイアナが言う「中産階級のおしゃれすぎないもの。単純で平凡だけど本当のもの」のほうが好きだなあ。皆さんはどう思うでしょうか。
『スペンサー ダイアナの決意』
監督/パプロ・ラライン
出演/クリステン・スチュワート、ジャック・ファーシング、ティモシー・スポールほか
https://spencer-movie.com/#
2022年10月14日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開
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