映画ライター渥美志保さんによる連載。ジャンル問わず、ほぼすべての映画をチェックしているという渥美さんイチオシの新作『川っぺりムコリッタ』をご紹介。
見どころは松山ケンイチ&ムロツヨシの食卓シーン!
「川っぺりムコリッタ」っていうタイトル、意味はよく分からないけど、小さい「つ」がふたつ入ってて、ちょっとポップでとぼけた感じ。実はこれ、映画の舞台。「川っぺり」にある「ハイツ ムコリッタ」という平屋のアパートで、そこに暮らす人たちを描いているんですが、全員が「社会の隅っこ」で生きている、ちょっと変わった人たちです。
刑務所から出所したばかりの主人公・山田は、小さな地方都市の「塩辛工場」に職を得て、その社長の紹介で「ハイツ ムコリッタ」に引っ越してきます。住人は、みんなちょっと変わった人たちなのですが、抜群の変人は、引っ越し初日に「お風呂に入らせて」と図々しく部屋に上がり込もうとした、隣室の男・島田。物語は二人のやり取りを中心に描いていくのですが、この作品の何がいいって、二人が延々、おいしそうなご飯を食べていること。
二人の関係性の変化にも注目
別に豪華でもおしゃれでも何でもありませんが、山田がご飯を炊いて炊きあがりのにおいを深呼吸し、そのタイミングで、庭の菜園の取れたて野菜を手にやってきて、「炊き立てご飯&イカの塩辛&生野菜(もしくはぬか漬け)、時々withビール」のご飯が始まります。演じる松山ケンイチさんとムロツヨシさんが、ほんとうに腹ペコな感じでもりもり食べる姿がたまりません。様々な事情を抱えた二人は孤独で生活も楽ではなく、特に松山さん演じる山田はずうずうしい島田を「何なんだよこいつ」と思っているのですが、やがて二人で食べるのが自然になってゆき、つい笑顔になっている自分に気づいてゆきます。一緒に楽しくご飯を食べられる人がいることって、本当に小さなことだけど、幸せなことなんだなと感じます。
このこと、つまり「食べること(生きること)」と対比して、登場人物それぞれが胸に抱えている「大切な人の死」が描かれてゆきます。「川」という舞台は、仏教において「此岸=この世」と「彼岸=あの世」を分けるものであり、同時に「貧困」や「マイノリティ」をほのめかすものでもあります。生きていても死んでからも、誰にも顧みられないーーそんな社会的弱者を描いている作品なのですが、それでいてどこかのほほんとした笑いを忘れないのが、荻上直子監督の作品の魅力。美しい寓話のような場面がいくつもあって、人物たちのトボけたありようにクスクス笑って、ラストにはジーンと心にしみわたるような作品です。
『川っぺりムコリッタ』
監督・脚本/荻上直子
出演/松山ケンイチ、ムロツヨシ、満島ひかりほか
https://kawa-movie.jp/
9月16日(金)全国ロードショー
©2021「川っぺりムコリッタ」製作委員会
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