映画ライター渥美志保さんによる連載。ジャンル問わず、ほぼすべての映画をチェックしているという渥美さんイチオシの新作『私はヴァレンティナ』をご紹介。作品の見どころについてたっぷりと語っていただきました!
トランスジェンダーが直面する事実とは?
ブラジルの小さな町に母と二人で越してきたトランスジェンダーの少女、ヴァレンティナ。転校先の学校では戸籍名でなく通称名を使おうとするのですが、その手続きには離婚した父の承認が必要で、没交渉の父親を探し始めます。
新学期が始まる前に、夏休みの補習から参加し始めた彼女は、ゲイのジュリオ、未婚の母として妊娠中のアマンダと友達に。ところが新しい生活に希望を見出した矢先に、ある事件が起きてしまいます。
映画が描くのは、トランスジェンダーのヒロインが体験する数々の出来事です。保守的なブラジル社会において、あからさまな差別やヘイトはなんとなく想像できるのですが、例えば身分証明書を出すと「これは偽物」と言われたりする。そういう経験によって「自分が自分であること」がいちいち否定される感じは、シスヘテロ(心身の性を同一と自認する異性愛者)には想像のつかない部分かもしれません。
「差別なんてしていない」という人が、悪意なく差別的であること(=マイクロアグレッション)にも、心が少しずつ削り取られます。そういうなかで「自分を偽らずに生きよう」と決める彼女の姿に、胸を打たれます。
偏見やいじめなどに苦しみ、学校を中退することで社会から零れ落ちてしまう人が多いという、ブラジルのトランスジェンダー。ヘイトクライムの犠牲になることも多い彼らの平均寿命が、35歳であるということが示されるのも衝撃です。
自分たちもLGBTQである監督とプロデューサーは、そうしたなかでティーンエイジャー世代のLGBTQの希望となるような作品を作りたかったのだとか。
その際に最も重要視したのが、ヒロインを実際のトランスジェンダー女性に演じてもらうこと。ヒロイン役ティエッサ・ウィンバックは、監督がネットで見つけたYouTuberです。日本ではあまり重要視されていませんが、これはすごく意味のあること。
「ゲイの役はゲイの役者に」とか「トランスジェンダーの役はトランスジェンダーの役者に」という形で機会を作ることは、業界の多様化に不可欠です。また当事者である俳優が演じることで、ステレオタイプ的な偏見でキャラクターが歪曲されてしまうことも防ぎます。
そして、これはLGBTQのみでなく、性別や人種などさまざまな要素でいえること。先日発表された今年のアカデミー賞作品賞受賞作『CODA 愛のうた』も、ヒロインの家族は彼女以外全員が聴覚障碍を持つキャラクターで、実際の聴覚障碍者が演じています。日本もそういう時代になっていくといいなぁ。
『私はヴァレンティナ』
監督・脚本/カッシオ・ペレイラ・ドス・サントス
出演/ティエッサ・ウィンバック、グタ・ストレッサー、ロムロ・ブラガほか
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https://hark3.com/valentina/#
※4月1日(金)新宿武蔵野館ほか全国順次公開
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