映画ライター渥美志保さんによる連載。ジャンル問わず、ほぼすべての映画をチェックしているという渥美さんイチオシの新作『コーダ あいのうた』をご紹介。作品の見どころについてたっぷりと語っていただきました!
耳が聞こえない両親と、歌うことが生きがいの娘
物語は主人公の高校生ルビーが、家族のくびきから解き放たれ、自分の夢に向かって歩み始めるまでのお話。このオリジナリティは、ルビーの家族(両親と兄)、彼女以外がみんな聴覚障害を持っている――つまり、耳が聞こえず、口がきけないこと。そしてルビーの夢が「歌」であることです。言い方はちょっと乱暴ですが、つまり家族はルビーの夢がどんなものなのか、ルビーの才能があるのか、理解することができません。
すごく変な言い方ですが、「目が見えないこと」については、その実際を理解はできなくても、どんなことが困るかを大づかみに想像することはできます。でも「耳が聞こえないこと」は多くの場合「口がきけないこと」とセットになっていたりするし、手話をしていなければその人が「耳が聞こえないこと」を、周囲はなかなか気づくことさえできません。最近はスマホでやりとり、というのもあるようですが、見知らぬ人との意思疎通にはなかなか使いづらいですよね。
そういう家族の中で育ったルビーは、幼いころから手話を使いこなし、家族と周囲の「通訳」のような役割を担ってきた女の子です。家計を支えるのは漁師である父と兄ですが、毎朝の漁には3時起き(!)でルビーも駆り出されます。船の上で何か異変が起きたとき、例えばエンジンから異様な音がする!なんて時に、父兄だけでは気づくことができないからです。おかげでただでさえ野暮ったいネルシャツはいつも魚臭く、スクールカーストも最下層。
そんな彼女がひょんなことから合唱部に。変人だけどすごい先生、ミスターVに才能を認められ、家から離れた音楽大学への入学を夢見るようになるのですが––当然ながら、両親はまったく理解してくれません。ルビーがいなくなったら、誰が通訳してくれるの?って話で。
見えてくるのは、常に自分の思いや欲望をセーブし、諦めてしまうルビーの生き方です。歌を通じてそれが解放されてゆくわけですが、それによってどんどんパワフルに、どんどん輝いていく歌声は、本当に素晴らしいの一言。
映画がいいのは、彼女の親離れだけでなく、両親の子離れもきっちりと描いていること。魚を買いたたかれても「自分たちは障碍者だから何もできない」と諦めていた両親が、「俺たちにだってやれる」と言い続けてきた息子とともに立ち上がり、それがチャレンジする娘の思いへの理解につながってゆくのもすごくいい。愛情は「相手の気持ちを理解すること」じゃなくて、「相手が大切に思うことを、理解できなくても尊重すること」なんだなあ、なんてことを感じました。
映画において、例えば「トランスジェンダーの役は、トランスジェンダーの俳優が演じるべき」といったことは欧米ではしばしば問題になることですが、この映画でルビーの家族を演じた3人は実際に聴覚障害をもった俳優が演じています。これは映画業界の多様性という意味でもすごく大事なこと。そしてこの3人のキャラクターが、「障害者はつらい人生を送っている可愛そうな人」という思い込みを完璧に裏切っているのも素晴らしい。特にお父さんが最高です。陽気であけっぴろげで面白すぎで、ラストにはどうしようもないほど泣かされます。
『コーダ あいのうた』
監督・脚本/シアン・ヘダー
出演/エミリア・ジョーンズ、フェルディア・ウォルシュ=ピーロほか
(c)2020 VENDOME PICTURES LLC, PATHE FILMS
https://gaga.ne.jp/coda/
※1月21日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開
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