本当は興味津々なのに、決して踏み出せない――芸人 紺野ぶるまさんの自分観察。【連載「奥歯に女が詰まってる」】
「おばさん」を逆手に取る女

30後半に入ってから自分のことを「おばさん」と自虐するのはやめた。30歳前後はよくしていたように思う。「おばさんいじりされないための虚勢」だったり、まだ本当の「おばさん」ではないことの余裕を楽しむ意味での「誰がばばぁだよ!」だったが、気づけば40手前。
私が「おばさんなんで」というと周りが気を遣うのである。
自虐を聞いた相手からしたら最悪である。「そんなふうに見えないですよ」と言っても年齢的にはおばさんであることを肯定してることになるし、「いやいやどこがですか!!」は接待すぎるし、この年齢の「おばさん自虐」はあまりに繊細すぎる。言ってる本人だってなんて言って欲しいのか正解なんて持ち合わせてないのだから、若さへの劣等感は自分で処理したいところである。
しかしながら最近は「おばさん」を有効活用する方法もあると気付いた。
相手に気を遣わせそうな場面であえて使うのである。
なにか贈り物をするとき、大概相手は遠慮するものだが「違うの、私おばさんだからこういうのあげたいのよ」といえば一気に相手も「じゃあ…」と受け取りやすくなる。
誰が椅子に座るか、みたいなときも「私おばさんだから逆に一回座ると立てなくなる」と相手に譲ることができるし、遠慮の塊で譲り合いで拉致があかないときは「じゃあ私、おばさんなんですいません」と事が早く進む。
または自分が褒めれらて恥ずかしいときなども「おばさんをからわないでよ!」と戯けてみせることができる。
こういう「おばさん」の使い方なら、良◎だと思う。上手にできたときは年齢を重ねるのも悪くないな、なんて思うのである。
ただ誰かからみたら「40歳なんて若いじゃない!」と怒られるかもしれない。だからこそ「おばさん」を悪口として使ってはならない。褒め言葉や自画自賛するように「いい意味でおばさん」でありたい。
最後に
おばさんとかけまして
地球環境問題と向き合うと解きます。
その心はどちら
気の遣い方(木の使い方)を熟考してるでしょう。
紺野ぶるま(こんのぶるま)
1986年9月30日生まれ。松竹芸能所属。著書に『下ネタ論』『「中退女子」の生き方 腐った蜜柑が芸人になった話』などがある。
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