日ごろから“言葉”についてあれこれと思いを巡らせている壇蜜さんの連載『今更言葉で、イマをサラッと』第56回目。言葉選びと言葉遣いが、深く、楽しくなる。そして役に立つお話。どうぞお楽しみください!
その56『なかんずく』
「ビビビ婚」という言葉をご存知だろうか。まだ2000年を迎える少し前、とある国民的に有名な女性歌手が歯科医と結婚した。彼女はこれまた国民的に有名な俳優と離婚を経験して程なく「出会った瞬間にこの人と結ばれると確信しました」と再婚。この運命的な歯科医とのフォーリンラブをメディアの前で「ビビビっときた」と表現したことから「直感的に『あ、私はこの人と一緒になるために生まれてきたのかも!』となること」をビビビ婚と言うようになった。
今や結婚についてだけの言葉ではなくなり、「ビビビっときたかも」と直感で商品購入を決断したり、進路を選んだりする場合に使われることもあるだろう。私も熱帯魚店にて、何かこの個体にビビビっときたんだよね…とたくさんのナマズの幼魚たちが泳ぐ水槽の中から「この子!」と選び飼い始めた経験もある。極めて特殊なビビビ現象だろうけど。
そして先日、とある言葉に「ビビビ」を感じた。ラジオで感染症の専門家が話しているのを聞いていたときだった。確か皿を洗ったり乾燥機の終了ブザーを待ちながらのながら聞き。専門家として紹介された先生は声だけでは分からないが枯れ専の私には魅力的に聞こえる渋い声だった。解説を任されているので彼の声だけが聞こえる。そこに「なかんずく」という言葉が私の脳天に突き刺さった。なかんずく、なんて話し言葉でそう聞かない。
なかんずく…漢字では「就中」と書くちょっと変わった言葉。元は宮中の要人を守る番犬や付き従う者を意味する。中というのは内側を表し、やがて「中でも特に」「取り分け」「明確に」等のニュアンスを含んでいくようになったらしい。そして良き番人や番犬が起源であるため、なかんずくのその後にはポジティブな言葉が付きやすい。「我が社には有能な人材が多い。なかんずく優秀であるのは○○さんだ」「このチームには期待しているが、なかんずく守備力は目を見張るものがある」等の「特別なんですよ」感をジワジワ伝えてくる。ちなみに、専門家の彼がなかんずくの後に言ったことは覚えていない。なかんずくにビビビされてしまい、すっかり思考停止した私を許して欲しい。
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