日ごろから“言葉”についてあれこれと思いを巡らせている壇蜜さんの連載『今更言葉で、イマをサラッと』第37回目。言葉選びと言葉遣いが、深く、楽しくなる。そして役に立つお話。どうぞお楽しみください!
その37『悪いけど』
二階の部屋にいて、一階にいる親から名前を呼ばれるときがよくあった。小さい頃から親に呼ばれる声の調子や抑揚などで、「あ、面倒なことを言われるかも」というのが察知できた。なかなか高確率で当てられた。この能力、私だけではないだろう。子供なら誰しもが「親の呼び声の感じ」でどんな依頼や発話をされるか理解できる力があると信じている。私の場合、呼ばれていつでもイイモノを与えられたり、褒められたりするわけではなかったから、というのもあるが。何だか犬みたいだな、私。
悪い予感がしても仕方なく用件を確認すると、「悪いけど」と前置きされて頼まれごとをされる。悪いけど…は幼い頃から面倒の始まりを奏でる前奏のように感じた。そして、悪いけどという言葉が好きになれないまま大人になった。
大人になれば今度は苦手な上司から「悪いんだけどさ」と言われるようになる。悪いんだけどさと言われて苦手になったのか、苦手だから悪いんだけどさ、がキツく聞こえるのかは不明だが、悪いけどが含む禍々しい(若干威圧感もある)ムードは今になっても感じるし、出来れば言いたくないし、聞きたくない。
聞いてしまうのは仕方ないとして、使わないようにするにはどうしたらいいのか。悪いけどを使わない…これは実はそこまで難しくないと思う。「大変申し訳ないのですが」「お手数ですが」「まことに恐れ入りますが」は少なくとも上から目線の伝え方ではないだろう。親しい仲ならば「ごめんね」「お願い」から用件を言ってもいい。ちなみに、私はとある撮影中に編集の男性から「ああ、こんなワガママ許されるかどうか…でも、お願いがあります」としおらしく言われて、思わず首をタテにふった(ちょっと寒い場所で半裸で撮影する依頼だった)。一芝居うったような言い方に笑ってしまい、負けたのだ。
悪いけど、と言う者は本当に悪いと思っているのだろうか…。常にそんな疑問を持ちながら生きてきたが故に、私の「悪いけど嫌い」はしばらく覆らないかもしれない。悪いんだけどさー、ちょっと寒い場所で、一瞬撮りたいなー、とか言われたら、少なくとも笑顔ではいられない。