日ごろから“言葉”についてあれこれと思いを巡らせている壇蜜さんの連載『今更言葉で、イマをサラッと』第26回目。言葉選びと言葉遣いが、深く、楽しくなる。そして役に立つお話。どうぞお楽しみください!
その26『悪しからず』
「悪く思うなよ」と言って相手を出し抜いたり攻撃したり、時には始末する・・・そんなシーンを漫画や映画などで見かけたことはないだろうか。私は「悪く思うなよ」というセリフが出てくると「んな無茶な。思わないわけないじゃん」 と感じてしまう。悪く思うな、ということ自体に無理があるのだ。ちなみに、 実生活で悪く思うなよと言われたことはない。現実では使いにくいのだろう。
悪く思うな、は使われなかったとしても、「悪しからず」という言葉は言ったり言われたり、書面などで伝えられたりしたことはないだろうか。悪く思うな、を最大限丁寧にして社会に馴染むよう加工した言葉が「悪しからず」だと思っていい。
意味はどちらとも「これからこちらが行う対応や行動に対して、恨んだり怒ったり気を悪くしたりしないでね」という予防の言葉なのだから。 しかし、「雨が降ったら中止しますので悪しからず」「抽選から漏れた場合は粗品をお送りしますので悪しからず」「利用時間の延長は出来ませんので悪しからず」・・・と「悪しからず」で言葉が終わってしまうと、どうにも言われた側は 「悪く思うなよ」と出くわした時のような理不尽さを感じるし、上から目線の文言にとられてしまいかねない。「偉そうに」と言われたら弁明にも一苦労だ。何かと評価が厳しい現代で悪しからずを使いこなすのはなかなか難しい。
しかし、悪しからずはあくまで前置きであり、単体では不完全だという事実を知ればそこまで扱いにくい言葉ではなくなる。 それでもものすごく目上の方には使えそうもないが、周囲の者たちを不快にさせないよう使うことくらいは可能だ。「悪しからず」の後に「ご容赦ください」「理解ください」「ご了承ください」と付ければ失礼にはならない 。「恐れ入りますが分かってもらえると幸いです」という優しさが含まれる。誰にでも滞ってしまう理由はあるのだ、と受け入れられる可能性も上がる。
現代では難しい悪しからずだが、使わなくとも失礼ではない言い方を心の片隅に置いておくのもよいかと思う。