日ごろから“言葉”についてあれこれと思いを巡らせている壇蜜さんの連載『今更言葉で、イマをサラッと』第16回目。言葉選びと言葉遣いが、深く、楽しくなる。そして役に立つお話。どうぞお楽しみください!
その16『普通』
とある企業のアンケートを受けたことがある。アンケートには読書やスポーツなどの趣味嗜好に対し、それらが「好きか苦手か」的な質問が書かれていた。回答するものは「好き」「やや好き」「やや苦手」「苦手」という4段階のなかから該当する所に印をつけるというシンプルなものだった。あとでたまたま企業側の方の話を聞けたのだが、今回のアンケートで回答欄に「普通」は設けなかったという。「できるだけ『どちらかといえば』の意見を伺いたくて・・・とのこと。確かに、4段階であればより詳しく好き嫌いの傾向が掴めるだろう。
普通。普は広いという意味もあり、「広く通用する状態」「ありふれて変わらないこと」など、いわゆる「一般的」な様子をいう。しかし、ここまで選択肢が多く、ある程度個性も認められ、意見も視点も多様化した現在、「普通」という意思は大変汲み取りにくい場合も出てくるのだろう。ひとりひとりの普通という物差しが違ったが故に、摩擦が起きてもおかしくない。私は個人的に、普通という言葉はもうすぐそれだけでは伝わらない言葉のひとつになるのではないかと考えている。
例えば「カボチャの煮付けは好き?」と聞いて「普通」という答えが返ってきたら、その人にカボチャの煮付けをふるまっていいのか悩まないだろうか。普通の亜種的表現「好きでも嫌いでもない」と言われでもしたら、私は煮付けをそっとタッパーに入れて食卓には出さず、冷蔵庫に封印するかもしれない。普通、好きでも嫌いでもない、と答えられても、どういうわけか 「あれ? 苦手寄りなのかな?」と勘ぐってしまうからだ。大雑把で鈍感な私でも、普通であると言われた時に漂う「おや? 好きじゃなさそうだ」ムードは察知できる。ここで回答した者との物差しの違いが生まれてくる。
「苦手じゃないけど、あんまり馴染みがないな」「こっちは好きだけど、それは苦手かも」というような普通に代わる微妙な好き嫌いの表現が我が国には多く存在するのを忘れないでいただきたい。詳しい嗜好の説明は相手に柔らかい印象を与えるだろう。普通の三音で思いが伝わるほど、どうやら世間も他者も普通ではないようだ。