役へのストイックな向き合い方と繊細な表現力で、出演する作品ごとに高い評価を得ている綾野剛さん。2025年を締めくくる最新作・映画『星と月は天の穴』で、枯れかけた男の色気と心身の矛盾に揺れる滑稽なキャラクターを信念を持って演じた。“言葉の美しさ”に魅せられた彼がどんなふうに表現するのか、必見だ。
いまだ見ぬ表現で演じる滑稽なこじらせ男

「芝居のための貯蔵庫なので」
ふっと笑いながら自分の胸を指す、綾野剛さん――。
映画『星と月は天の穴』は、⽇本を代表する脚本家・監督の荒井晴彦氏が、吉⾏淳之介氏による芸術選奨⽂部⼤⾂受賞作である同名小説(講談社文芸文庫)を映像化。男女が紡ぐ関係性と性を通じて人間の本質に迫る吉行氏の作風をルーツにもつ、荒井監督念願の企画が半世紀の時を経て実現した。物語の舞台は、1960年代。主演を務める綾野さんは、その時代の、そして荒井監督が執筆した脚本の、“言葉の美しさ”に胸を打たれた。
「言葉の渦にうっとりしました。私小説であり、文学であり。時代性と言葉は相関している。特徴的な言葉や言い回しが、時代を象徴すると思うんです。それくらい美しい言葉が並んでいる作品で、たとえば全部のシーンを室内で撮ったとしても、大体何年くらいの時代の話かがセリフだけで伝わるという強みがあるんです。だから芝居で必要以上に表現する必要はないと思いました」


映画『花腐し』を経て二度目のタッグとなる荒井監督は「監督の俺よりも役について考え抜いてくる役者」だと綾野さんに絶大な信頼を置く。
「荒井さんが書いた言葉の美しさをそのまま伝えるために、余計な情報を加えてはいけないと思いました。この作品は、目で魅せる映画ではなく、耳で魅せる映画を目指すべきだと。それはつまり、脚本を邪魔しない芝居をするということ。セリフを読む“拡声器”として存在する。なぜかというと、脚本が完成されているから。矢添の人物像、感情、表情、行動はすべてセリフになっているので、肉体化しないことだけを考えていました」
「ありがとう」というセリフがある。それを微笑みながら言うのか、ぶっきらぼうに言うのか、目尻を下げて言うのか。セリフに表情や声色を乗せて表現することが、肉体化だと言う。
「“なぜあなたが好きなのか”をさまざまな言葉で説明するような脚本だから、肉体的な情感がいらないし、必要以上に相手との物理的なコミュニケーションもいらない。だから今回はアドリブもないですし、中途半端な頷きも一切ありません。本当にきっちり台本どおり。監督は常に『やってみましょう』と優しく見守ってくださったので、細かく擦り合わせることもなく、伸び伸びと演じさせていただきました」
そう言いながらも、ストイックな役作りで知られる綾野さんは1960年代と言う“時代性”に焦点を当てる。
「当時のニュースを見ていると、声の出力が強く甲高い印象があります。それはきっと、当時のマイクの性能の影響もあり、ハイを拾ってローを拾えなかっただけだと想定すると、当時の方々の実際の声を僕たちは知らない。だから、僕が演じる矢添の本当の声も誰も知らないんじゃないかと思ったら、声の出し方や使い方については考えました」

綾野さんが演じるのは、自身が執筆する小説の主人公に自分を投影する小説家・矢添。妻に逃げられた矢添は、離婚によって空いた心の穴を埋めるように娼婦と躰を交える一方で、コンプレックスを抱えながらも“愛されたい”という願望を持つ、侘しくも滑稽なひとりの男。物語を綴ることで、精神的な愛の可能性を探る小説家の役どころだが、綾野さん自身は書き留めることは全くしないと語る。書き出して可視化することで整理されると一般的に言われることもあるが、では考えや感情のアウトプットはどうしているのかと問うと、冒頭の発言に戻る。
「僕は書いても覚えられないので、台本にも書き込んだことはないです。だからアウトプットは、芝居に乗せています。その貯蔵庫は、マンションみたいになっており、感情ごとに一室になっていて、役柄や状況にあわせて引き出されていくという感覚です。経験を重ねてきて、部屋がどんどん増えてきていると思いきや、むしろ整理整頓されています。年齢的にも感情的な部分が削がれていき、無駄がなくなっていくというか」
「でも、それって退屈なんですよね」と続ける。
「感情ごとに生まれた部屋の数は整理されていったとしても、その中は散らばったままでいい。たとえば、頭を抱えながら『ワーッ』と感情に任せて叫ぶ役を演じている役者をみるとステキだなと思います。この年齢になっても、そんな役ができたら最高です。感情って理屈では説明できないから、研ぎ澄ますというよりかは、あまり形を決めずに断定しない。感情に対しては寛容でいたいですね」
【12月19日(金)公開!】映画『星と月は天の穴』

出演/綾野剛 咲耶 田中麗奈 柄本佑 宮下順子
脚本・監督/荒井晴彦
原作/吉行淳之介『星と月は天の穴』(講談社文芸文庫)
製作・配給/ハピネットファントム・スタジオ
レイティング/R18+
※テアトル新宿ほか全国ロードショー!
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綾野剛(あやのごう)
1982年1月26日生まれ、岐阜県出身。2003年にドラマで俳優デビュー。 2007 年に『Life』で映画初主演を務め、ドラマ「Mother」(10・NTV)、連続テレビ小説「カーネーション」(11・NHK)で注目を集める。その後も『横道世之介』(13)、『そこのみにて光輝く』(14)、『新宿スワン』(15)、『日本で一番悪い奴ら』(16)などに出演、数々の映画賞に名を連ねるなどキャリアを積み上げてきた。近年の主な出演作に、「地面師たち」(24)、『カラオケ行こ!』(24)、『でっちあげ〜殺人教師と呼ばれた男』(25)などがある。2026年春に『ちるらん 新撰組鎮魂歌』(TBSテレビ/U-NEXT)の公開を控える。
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