令和の清少納言を目指すべく、独り言のようなエッセイを脚本家・生方美久さんがお届け。生方さんが紡ぐ文章のあたたかさに酔いしれて。【脚本家・生方美久のぽかぽかひとりごと】
すきの主張
お笑いがすきなのに、「お笑いがすきです!」と主張することに抵抗がある。それはもちろん、恥ずかしいとか知られたくないとか、そういう類の抵抗ではなくて。
「この程度で、すきって言ってもいいのだろうか……?」
っていうやつ。「おお、そうかそうか。どのくらいお笑いがすきなのよ??」と問い詰められたら口ごもってしまう。ライブに足しげく通うタイプではないし、そういえばDVDも持っていない。すきな芸人さんはたくさんいるけど、‟ファン“である芸人さんを一人(一組)あげるとなると悩んでしまう。テレビのバラエティ番組やネタ番組はよく観る。録画したのをBGM的に繰り返し流したりもする。芸人さんがやっているYouTubeもいくつかチャンネル登録していて、執筆の合間で観たりする。でも、課金せずに誰でも観れるもので誇るのもなぁ、と自信をなくす。そんな感じ。
子供の頃からテレビっ子。当たり前にずーっとテレビが点いている家庭で育った。どの家庭もそのくらいテレビを観ているものだと思ってた。何時間以内とか、この番組は観ちゃダメとか、そういう縛りも全くなかった。『クレヨンしんちゃん』を子供に観せない家庭が一定数あると知ったときは衝撃でしたよ。あんなに人間を学べるアニメなのに。むしろ積極的に観せたいくらい。バラエティ番組も(いま以上に)過激なことをしていたからか、「親がダメって言うから観てない」という同級生が割といた。あとはご飯のときはテレビ消さなきゃダメとか。そうかぁ。当たり前に家族みんなでバラエティを観ながらご飯を食べてたなぁ……。子供を脚本家にしようとお考えのご家庭、是非お子さんにすきなテレビをすきなだけ観せてください。
夕食のあと、家族でだらだらとネタ番組を観ていた小学生のわたし。「おもしろい」と思ってケラケラ笑っていたら、父親に「意味わかって笑ってる?」と聞かれたことがあった。たぶん、わかってなかった。別に笑えてるんだからいいじゃーん、くらいの感覚でいたが、大人になってからすごく思う。
世代及び理解力と、面白さの相関関係について―。
小学生のときは時事問題、特に政治を扱ったものなんて全くわからなかった。偏った政党の選挙ポスターが並ぶ商店街……31歳で見たネタだから引くほど笑った。都知事選みたいだぁ~って思った。あとはあれ。わかってなかったからわかんないけど、当時まだ理解していない下ネタでもケラケラ笑ってたと思う。わかんないけど。具体的に覚えてないから憶測でしかないけど、親が「意味わかって笑ってる?」って聞いてきたの下ネタだった可能性高い。普通に嫌だよね、小学生の娘が下ネタで笑ってたら。
なんといっても世代の違い、これがほんとに大きい。今回のМ-1グランプリは上位4組が全員平成生まれで、初めてのことだったらしい。わたしは平成5年生まれで、令和ロマン・ケムリさんと同い年。くるまさんがひとつ年下。M-1史上最年少優勝をした霜降り明星のお二人はひとつ年上。自分と同世代の人たちが「トップ」になり始めた。これにより、何が起きたか……
ネタの面白さが最大限に‟理解”できる!!!!!!
これです。異論は認めます。でもわたしにとってはこれ! これがおそらく「お笑いがすき」を近年加速させている最大の理由。『上海ハニー』の歌詞が校歌になってるのなんて面白すぎるのに、SNSで「その曲知らないから笑えなかった」というのを見てしまい、ひとりで勝手にブチ切れた。そんな若者は平成にバイバイです。平成の必須科目を落とした人間は令和に進級させません。さよなら。マユリカのお二人も平成生まれ! 急いで負けに来てくれてありがとうございます! 坂本さん結婚おめでとうございます! わたしもラジオ聴いて中谷さんくらい「えっ? えっ? えっ?」って言った!
話が逸れました。ごめんなさい。すぐ謝ったから寺家さんに褒めてもらお。こんなに話が逸れるんだから、もうお笑いがすきってことでいんじゃない? いやダメです。「あなたがすきだと思うなら、すきと言っていいのよ」……あ、なんか優しい声が聞こえてきました。ありがとうございます。いやでもやっぱダメです。
この考えに至ってしまうのは自分の過去のクソ思考が原因なので、ちゃんと悩まなきゃいけないのです。まだ罪を償えていない。
中学生のときRADWIMPSをすきになったのをきっかけに、どんどん邦楽ロックにのめりこんでいきました。テレビに出ないバンド、給食の時間に流れない音楽、クラスメイトが知らない世界。
高校生になり、自由に使えるお金が増えた。ライブハウスに足しげく通い、CDやDVDを買いそろえた。当時はサブスクがなかったこともあり、CDを持っていることが優越感だったし、ライブを観たことがないと「すき!」なんて言えないと、本気で思っていた。
勝手に思っているだけならいいのに、人に押し付けた。『いちばんすきな花』で椿さんが言ってました。「言っちゃいけないことはたくさんあるけど、思っちゃいけないことはない」。こんなセリフ偉そうに書いといて、わたしは言っちゃいけないこと、言う必要のないことを言っていました。
知らないの? 聴いたことないの? 結構有名だよ? CD持ってないくせに。タイアップ曲しか知らないくせに。メンバーの名前も知らないくせに。ライブ観たことないくせに。
書いてるだけでしんどくなってきました。戒めのためにこのことを書こうと思って勝手に書いて、勝手にしんどくなってる。昔の自分、最悪。そんなクソ思考女子高生だった頃から15年の時が流れ、都市開発が進み、桜の木が切り倒され、ショッピングセンターになったりならなかったり。自分、女側の町田さんやります。佐々木さんの顔、見ればわかります。場所は大丈夫わかってる令ロがYouTubeで公開してた。
さすがにもう大人なのであの頃の思考はなくなったし、「どのくらいすきか」なんて、自分に関しても相手に関してもどうでもいい。「海のはじまりのスピンオフ観ました! スーパーカーすきです!」と言われて、「わたしも! 何で知りました? ピンポン??」と純粋無垢に‟すき”を分かち合って喜べる。「へぇ~……CD持ってます??」なんて問い詰めない。
なんだけども。音楽以外のジャンルの話となると、あの頃の性悪女子高生のわたしが脳内にふわふわふわぁ~っと現れて、「え? そのくらいですきとか言っちゃうの? ホンモノのファンに怒られない? 大丈夫??」と耳元でぶつぶつ言ってくるのです。出てくんな~、お前は一生アヒル口に裏ピでプリクラ撮ってそれをガラケーの電池パックに貼ってろ~! 前略プロフでマイナー音楽に詳しい自分を演出して酔ってろ~! mixi復活おめでと~!
そんな感じです。 ‟すき”は難しい。自分の中だけならいちばんシンプルな感情なのに、外に出そうとした途端いちばん複雑な感情になる。令和は‟すき“を他者に認めさせる必要がある時代なのかもしれない。お笑いも、音楽も、ドラマも、みんな‟正解の感想“を言えるようになろうと必死。なんかすごいやだー!
古参とか新規とか、そういう言葉で‟すき”を主張する人にランク付けするのも、なんだか見てるともどかしいですね。お笑い以上に‟すき”の新参者なのが、本。この1、2年で急激に本がすきになって、隙あれば読み漁っている。でも、子供の頃からテレビを我慢してちゃんと読書してきた‟古参”の方がたくさんいるので「本だいすき~」とは、やっぱり言いにくいものです。
テレビっ子として生きてきたせいか、読書習慣が皆無。「活字が苦手だ!」という先入観が強いまま大人になってしまった。このエッセイでもちょいちょい書いているが、アピールでもなんでもなくほんとに本を読まない人間だった。そして、それがコンプレックスだった。読書ができないことは大人として何か欠落している気がして後ろめたかった。(できないじゃなくて、しなかっただけ。と言われてしまうかもしれませんが、活字恐怖症の人はわかると思います。できないんですよね、ほんとに。活字を読んでるとふわぁ~と意識が空中に散らばって言葉の意味を的確に追えなくなるんですよ、ほんとに。少なくともわたしはそのタイプの活字恐怖症でした。) コンプレックスだから「苦手なんです~(苦笑)」と発することで誤魔化してきた。お笑いがすきって言いづらいのと真逆で、でもちょっと近い。『漫才過剰考察』はすぐ買って一日で読んだ。『不器用で』も読んだし、『ダブルスタンダード』をよく拝聴しております。すごいね、人って変われるんだね。
バチバチに読書コンプレックスだったわたしが、なぜ常に文庫本を持ち歩き、仕事の合間に本屋さんを探すような人間になったのか……は、またいつか。このエッセイが書籍化できたときにでも……。わぁ…上手い逃げ道ぃ……。
文章にしたらいろいろ消化できた気がするー! お笑いがすき! 言ってこ! お笑いがすきだ! 言わない後悔より! 言って大成功! 令和ロマンさん二連覇おめでとうございます! 今回のM-1も最高でしたね! みんな決勝数日前に公開されたM-1の公式PV観ました!? アジカンの『リライト』のやつ! あれ最高すぎましたね! アジカン良いですよね! うちら世代の邦ロックの象徴ですからね! 周りにもアジカンがすきと言っている人はたくさんいてうれしいです! え? あっ! わー! アジカンすきなんですね!! へぇ~……CD持ってます????
追伸。M-1決勝の翌日にインフルエンザになりました。自分が優勝してたら相方とマネージャーにめちゃくちゃ迷惑かけてたわぁ…と遠のく意識のなかで思いました。もう元気です。
生方美久(うぶかたみく)
1993年、群馬県出身。大学卒業後、医療機関で助産師、看護師として働きながら、2018年春ごろから独学で脚本を執筆。’23年10月期の連続ドラマ「いちばんすきな花」、’24年7月期の連続ドラマ「海のはじまり」全話脚本を担当。