“わたしの心地よさ”を基準に行動することが、ウェルビーイングに生きるカギになる。そのために、もっと自分自身を知る=自分のトリセツを手に入れませんか? 保健学博士の島田恭子さんがナビゲート。【連載「自分学 わたしのトリセツ」vol.45】
引き算の医学と、足し算の医学

内科で、異常なし。
婦人科でも、異常なし。
心療内科では…「うつ病ではないですね」。
ほっとしますよね。病気じゃなかった。よかった…。
……のはずなのに、もやもや。
「ん? じゃあ、このしんどさは何なんだ??」
現代の病院で一般的なのは西洋医学。「あるか/ないか」で見ます。
検査をして、見つけて、取り除く。
言ってみれば引き算の医学。
感染症もがんも、これでたくさんの命が救われてきました。
だからまず一度、病院でちゃんと調べてもらうことには、大きな意味があります。
朝どうしても起きられない日がずっと続いている。
立ちくらみがしょっちゅうある。
気持ちの落ち込みが2週間以上ほぼ毎日続いている。
――こういうときはぜひ一度、内科で相談してみてください。たとえば貧血のように、補うだけでずいぶん変わるものもありますから。
ただ、この引き算の医学、見つからなければ、異常なし、で終わります。
いっぽうの東洋医学は「足りているか/余っているか」で見ます。
足りないなら、補う。足し算の医学です。
その足りない状態を、虚証(きょしょう)といいます。いまの言葉にすると、”虚弱”ですね。「疲れやすい」「気力がない」は、エネルギーである”気”が足りない ≒ 気虚(ききょ)。
興味深いのは、虚の人にも攻める薬を出さないこと。「足りないなら補う」。ただそれだけ。
2000年前の医学では、虚弱な人に「もっとがんばれ」と言っていなかったんですね。
で、わたしは”全体として”どうなの!?

もうひとつ、西洋医学は体を、部位と数値に区切って診ます。
肝臓の数値は正常。血球も正常。甲状腺も正常…。
ただわたしたちは、ここも知りたい。
「で、わたしは、全体としてどうなんですか」
東洋医学はもともと、まるごと診る物差しです。詳細は専門書に譲るとして、今回は前出の気虚(エネルギーが足りない)のエネルギーチャージに目を向けていきましょう。スマホでいうと、充電ですね。
充電には容量があります。スマホと違って厄介なことに、寝れば(充電すれば)戻る、とは限らないんです。
ご相談でよく聞くのが、「土日、ずっと寝てたんです。なのに月曜、全然回復してなくて…」。
土曜の朝から日曜の夜まで、ざっくり48時間。……48時間ですよ。
実はこれ、休みの”量”ではなく、”中身”の問題なのかも。
容量の戻し方、4つのポイント

仕事からの回復(リカバリー)、という研究分野があります。そこでわかってきているリカバリーのポイントは4つ、心理的距離、リラックス、熟達、コントロール、です。
1: 心理的距離──仕事のことを、考えていない時間
職場から体が離れているかではなく、頭から出せているかです。海外の38,124人分のデータをまとめた分析は、この心理的距離こそが、疲れや燃え尽き、はたまた睡眠にとって、とても重要であることを突き止めました。
で、この心理的距離をジャマしていたのが、勤務時間外の仕事関連の活動でした。たとえば”仕事じゃないときに仕事のことを考える”、などです。仕事のことを考えない時間をいかに作るか・作れるか、ということですね。
コツは、区切りを作ること。
帰り道に「はい、今日はここまで」と声に出す、でもいいですね。
2:リラックス──体の活動レベルが低くて、キモチいい状態
お風呂、音楽、ぼーっとする、ゆっくり歩く。ここは想像どおりです。
ひとつだけ注意、「リラックスしなきゃ」とがんばると、それはもう、リラックスではないですよ。
3:熟達──仕事以外で、ちょっとできるようになること
「え、休むのに、挑戦するんですか?」と思いますよね!?
わたしも最初そう思いました。
でもこれ、「がんばれ」っていう意味じゃないんです。
語学でも、パンを焼くでも、ゲームでも。「お、ちょっとうまくなった」という感じが、それ自体でリカバリーになる、ということのようです。
4:コントロール──余暇に何を、いつ、どうやるかを、”自分で”決められること
人に決められたものではなく、自分で決めた休み/休み方。
「いつ・どこで・何をするか」を先に自分で具体的に決めておくと実行率が上がることが、94件の検証をまとめた分析でわかっています。
たとえば、
「15時になったら、席を立って3分、窓の外を見る」
「金曜の夜に誘われたら、土曜のお昼に振り替えてもらう」
を自分で決める、ということ。
さらに日本人のデータ2,520名でわかったのは、仕事から離れすぎると、逆にキモチを切り替えにくくなるかもしれないということ。カンペキに離れなくても、ほどほど、のほうがいいかも、っていうこと。
「ちゃんと休めていない自分」まで責めがちなわたしたちには、ありがたい結果だと思いませんか。
じゃあ、今日から何をする!?

さて、ポイントがわかったところで、今度は容量の配り方です。
世の中の健康法はだいたい、「容量を増やせ」と言ってきます。
運動しましょう、鍛えましょう。
朝散歩しましょう。
自炊しましょう…。
でも朝散歩できるのは朝起きられる人。
自炊できるのは、帰ってから台所に立つ体力が残っている人。
つまり、元気になるのに、元気が要る、っていう矛盾です。
なので、増やす、という考え、いったん置いておきましょう。かわりに、”配り直す”というマインド。
なにを? 時間、お金、労力や人との関係性など。
たとえばこんな感じで。
1:1週間だけ、消耗の家計簿をつける
何にどれだけ持っていかれたかを、ざっくり記録します。○△×の3段階。 だいたい、思っていたのと違うところで削られているもの。「会議より、その前30分の雑談がしんどかった」みたいな。
2:固定費を見つける
毎週かならず削られているもの。あの定例会議、あの移動、あの人との30分…。家計と同じで、固定費に目を向ける。たまの出費を我慢するより、毎週のあれを1回減らすほうが、ずっとラクになったりします。
3:先に取り置く
余ったら休む、ではなく、先に取り置く。カレンダーに「何もしない15分」を先に入れてしまいます。
15分なんて短い、と思いますか?
8秒から10分の短い休憩(マイクロブレイクといいます)について調べた2,335人の分析では、元気さや疲れと、時間は連動していませんでした。つまり、”長いほど良い”わけではないということ。ちなみに、研究で扱われた休憩のいちばん短いものは、たったの8秒だったんですよ。
やっぱり、長さじゃないんです。
短くていいんです。とにかく一回止まる、離れる。
土日ぜんぶ寝ても戻らなかった、と話してくれた冒頭の彼女。
足りなかったのはたぶん、長い睡眠時間じゃなかったんですね。
容量は増えないけれど、どこに使うかは自分で決められます。
足りないなら、補う。責めない。 配分する。
……というわけで。
今日のぶんの10分、何に使いましょうか。
参考文献
・Sonnentag, S., & Fritz, C. (2007). The Recovery Experience Questionnaire: Development and validation of a measure for assessing recuperation and unwinding from work. Journal of Occupational Health Psychology, 12(3), 204–221.
・Shimazu, A., Sonnentag, S., Kubota, K., & Kawakami, N. (2012). Validation of the Japanese version of the Recovery Experience Questionnaire. Journal of Occupational Health, 54(3), 196–205.
・Wendsche, J., & Lohmann-Haislah, A. (2017). A meta-analysis on antecedents and outcomes of detachment from work. Frontiers in Psychology, 7, 2072. https://doi.org/10.3389/fpsyg.2016.02072
Albulescu, P., Macsinga, I., Rusu, A., Sulea, C., Bodnaru, A., & Tulbure, B. T.. (2022). "Give me a break!" A systematic review and meta-analysis on the efficacy of micro-breaks for increasing well-being and performance. PLOS ONE, 17(8), e0272460. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0272460
Gollwitzer, P. M., & Sheeran, P. (2006). Implementation intentions and goal achievement: A meta-analysis of effects and processes. Advances in Experimental Social Psychology, 38, 69–119.
・日本東洋医学会編『入門漢方医学』
島田恭子(しまだきょうこ)
予防医学者・保健学博士。医学や心理学の知見を、女性のウェルビーイングに役立てたいと活動中。(社)ココロバランス研究所代表。著書『心が疲れたらセルフケア』が好評発売中。ストレスなく心の疲れを取り、元気を取り戻すための50の方法を紹介。
https://kokorobalance.jp/mn/kyoko

