“わたしの心地よさ”を基準に行動することが、ウェルビーイングに生きるカギになる。そのために、もっと自分自身を知る=自分のトリセツを手に入れませんか? 保健学博士の島田恭子さんがナビゲート。【連載「自分学 わたしのトリセツ」vol.41】
不意の"涙"、その"イライラ"——実は…?!

仕事も家のこともいつもきっちりこなす、すごい友人がいます。
口ぐせは「大丈夫、大丈夫」。
その彼女が、ある日の帰りの電車で、ふいに涙が出てきたそうです。
悲しいことがあったわけじゃない。職場でなにか言われたわけでもない。ただ、つり革につかまってぼんやり外を眺めていたら、理由もわからないまま、ぽろぽろっと。
「自分でもびっくりして。あわてて窓のほう向いてごまかしたんだけど…あれ、なんだったんだろう…」
それね、"からだ"のほうが、先に気づいてたのよ。「ずっと頑張ってきてるよ、少し休んだらいいよ」って。頭が認める前に、からだのほうがちゃんと知っていた。
そして、もうひとつ。
よく友人が使っていた言葉を思い出します。
"Hungry man is an angry man."(おなかがすいた人は、おこっている人)
「なにそれ」って笑っていたのですが、これがまあ、びっくりするほど当たっているんです。
たとえば夕方。なんだか無性にイライラして、相手のささいな一言にカチン。つい強い言葉を返してしまう。ところが——ごはんを食べたら、あれ? さっきのイライラ、どこへやら。
「ごめん…わたし、ただおなかすいてただけかも」
笑い話のようだけど、これ、実はすごく深い話なんです。
あのときからだは「おなかすいたよ」と一生懸命サインを送っていた。なのに私たちの頭は、それを「相手にイライラする」と読み違えてしまった。からだの声を、感情だと勘違いしてしまったんですね。
今日は、そんなからだの声のお話を、ご紹介したいと思います。
感情は、頭より先にからだで生まれている

前回は、気持ちに名前をつけよう、というお話をしました。
でも、ふと思います。
——名前をつける前のあのモヤモヤって、そもそもどこにあるんだろう?
答えは、「からだ」なんですねー。
胸のあたりがザワザワする。
お腹がきゅっと重くなる。
喉のあたりがつまる感じ。
言葉になるずっと前に、感情はまず"からだの感覚"として生まれているんですね。
このように、心臓の鼓動や呼吸、お腹の感じ、体温といった、からだの内側からの信号を感じ取る感覚のことを、「内受容感覚(ないじゅようかんかく)」と呼びます。隠れた感覚:第六感、なんていわれることもありますね。
日本の研究でも、私たちが感情をはっきり意識するときには、内受容感覚をつかさどる脳の部分(島皮質)が深く関わっていることがわかっています。
つまりからだは、感情の原料。 頭で「悲しい」と気づくより一歩前にからだはもう、その感情を感じはじめているんです。
怒りは胸に、悲しみは手足に

おもしろい研究があります。
フィンランドの研究チームが、701人もの人に「それぞれの感情を、からだのどこで感じますか?」と尋ねて、"感情の地図"を作ったんです。
見事にきれいな模様が浮かび上がりました。
怒りを感じるとき、人は胸や頭、腕のあたりが熱くなる。
悲しみのときは、手足からすーっと感覚が抜けて、重く沈む。
幸せは、全身がぽかぽかとあたたかい。
しかも驚くことに、この地図はヨーロッパでもアジアでも、ほとんど同じだったんです。国や文化が違っても、人間のからだは、同じ場所で同じ感情を感じているのですね。
「むしゃくしゃして頭に血がのぼる」
「悲しくて足が動かない」
「うれしくて胸がいっぱい」
昔から使われてきたこんな言葉は、ぜんぶ、ちゃんと科学的だったんですね。
いつのまにか、からだの声が聞こえなくなる
ところが、です。
毎日を忙しく駆け抜けていると、私たちはだんだん、この"からだの声"が聞こえなくなっていく。
「疲れた」を「まだいける」で押し込めて。「お腹すいた」を後回しにして。「ほんとはイヤだな」を飲み込んで。
そうやって、からだが小さく送ってくれていた信号を、何度も何度も握りつぶしているうちに…? あるとき、からだは大声を出すしかなくなる。それが彼女の、理由のわからない涙だったのかもしれません。
仕事も人間関係もいくつもの役割をこなしている人ほど、自分のからだのことは、いちばん後回しになりがち。心当たり、ありませんか?
大丈夫。からだの声は、聴きなおせる

内受容感覚は、大人になってからでもちゃんと鍛えなおせることがわかっています。
ある研究で、たった1週間、自分の心拍を感じ取る練習をしてもらう実験をしました。すると、参加者の内受容感覚の精度が上がり、不安のレベルや身体の不調がやわらいだのです。
からだの声は、無視され続けて少しかすれてしまっただけ。もう一度耳を澄ませば、ちゃんと応えてくれますよ。
ひとつ大事なのは、敏感になればいい、というわけではないということ。
からだの信号に過剰に注意が向きすぎると、かえって不安が強くなることも。
「心臓がドキドキする、何かの病気かも…」とこわくなる、あの感じですね。
目指したいのは、敏感になることではなく、"ていねいに、やわらかく聴く"こと。 監視するのではなく、そっと耳を傾ける感じです。
「なんとなくイヤな予感」の正体
ちなみに、「理屈じゃないけど、なんかこの話、イヤな予感がする」そんな"勘"、ありますよね。
実はあれ、ただの気のせいじゃないんです。
自分の心拍を正確に感じ取れる人ほど、からだの反応と直感的な判断が結びついている、という研究があります。「虫の知らせ」には、ちゃんとからだの根拠がある。 からだの声を聴ける人は、勘も冴える、というわけです。なんだか、ちょっとうれしくなりませんか。
今日からできる、からだとの3つの会話

では、さっそくからだの声に耳を澄ませてみましょう。こんな感じならすぐできそうじゃないですか?
- 心臓の音に耳を澄ます
手で脈を取らずに、目を閉じて、自分の鼓動を感じてみる。 - わざとドキドキして、その変化を感じる
階段をのぼったあと。ドキドキ、息が上がる、じんわり汗ばむ。自分でからだに変化を起こして、その信号を観察してみる。 - からだへの問いかけ
気持ちがざわついたら、まずからだに聞いてみて。「お腹、すいてない?」「つかれてない?」「のど、かわいてない?」。前回お話しした感情のチェックインの、もう一歩手前。名前をつける前にまず感じることです。
からだはずっと味方だった
最初の彼女の話。
あの涙をきっかけに、彼女は少しずつ自分のからだの声に耳を傾けるようになったそうです。
「あ、今わたし、肩に力入ってるな」「これ、ほんとは断りたいんだな」
そうやって小さな声を拾えるようになってから、前より無理をしなくなった、と言ってました。
疲れすぎると、涙が出る。
おなかがすけば、不機嫌になる。
気が張りつめれば、肩がこる。
からだはずっと私たちの味方です。
眠いよ、おなかすいたよ、それはイヤだよ、もう休もうよ。
自分でも気づかないうちから、いちばんそばで教えてくれています。
耳を傾けないともったいない。
たくさんの研究結果が、「たまにはからだの声に従ってみて」と教えてくれていますよ。
参考文献
・寺澤悠理・梅田聡(2014)内受容感覚と感情をつなぐ心理・神経メカニズム.『心理学評論』, 57(1), 49–66. https://doi.org/10.24602/sjpr.57.1_49
・Dunn, B. D., Galton, H. C., Morgan, R., Evans, D., Oliver, C., Meyer, M., Cusack, R., Lawrence, A. D., & Dalgleish, T. (2010). Listening to your heart: How interoception shapes emotion experience and intuitive decision making. Psychological Science, 21(12), 1835–1844. https://doi.org/10.1177/0956797610389191
・Nummenmaa, L., Glerean, E., Hari, R., & Hietanen, J. K. (2014). Bodily maps of emotions. Proceedings of the National Academy of Sciences, 111(2), 646–651. https://doi.org/10.1073/pnas.1321664111
・Sugawara, A., Katsunuma, R., Terasawa, Y., & Sekiguchi, A. (2024). Interoceptive training impacts the neural circuit of the anterior insula cortex. Translational Psychiatry, 14(1), Article 206. https://doi.org/10.1038/s41398-024-02933-9
島田恭子(しまだきょうこ)
予防医学者・保健学博士。医学や心理学の知見を、女性のウェルビーイングに役立てたいと活動中。(社)ココロバランス研究所代表。著書『心が疲れたらセルフケア』が好評発売中。ストレスなく心の疲れを取り、元気を取り戻すための50の方法を紹介。
https://customer-harassment.org/kyokoshimada/

