令和の清少納言を目指すべく、独り言のようなエッセイを脚本家・生方美久さんがお届け。生方さんが紡ぐ文章のあたたかさに酔いしれて。【脚本家・生方美久のぽかぽかひとりごと】
地獄への案内

脚本家になりたいです、というお手紙やメッセージをいただくことが多々ある。どうやって目指せばいいですか? どんなふうに勉強すればいいですか? と聞かれることも。助産師になりたいです、であれば、じゃあまず大学か専門学校に行って看護師国家試験の受験資格を得ましょう☆ と的確なアドバイス(の末に教育施設の先生や実習先の指導者の方々へ丸投げ)ができるのですが、脚本家になる方法というのはなかなか伝授するのが難しい。
わたし自身、脚本家になりたいと思ったとき困った。どうやって? と。一先ずネットで調べてみた。こうして、シナリオコンクールの存在を知ることとなる。脚本家人生の第一歩であり、コンクールという地獄のはじまりでもあった。
結論から言えば、フジテレビヤングシナリオ大賞・通称ヤンシナでの受賞をきっかけに脚本家になれたわけで、しかもテレビ局主催のコンクールだったので連ドラでデビューもできた。ありがとうフジテレビ愛してるよ。これからもよろしくね。いっぱい書くから企画通してね。お願いね。というお気持ち。三回目(三年目)の応募での受賞だった。それまでにも、城戸賞と伊参スタジオ映画祭シナリオコンクールでも入賞していた。結果だけ見たらエリートコースだと思う。
ここから先は地獄について。そっかそっか!コンクールで入賞すれば脚本家になれるのね!OK! とパソコンを開いた脚本家の卵のあなたに向けて。地獄へようこそ♪
コンクールに送り続けることで憧れの職業を目指すのは、とてもとてもつらいことです。もう一度あの頃に戻ってコンクールのための脚本が書けるかと問われれば、わたしは押し黙ってしまうかもしれない。
コンクールの賞金というのは、尺換算するとプロの脚本料よりも高いことが多い。ヤンシナの応募規定は約60分の単発ドラマで、大賞賞金は300万円。民法連ドラ1話あたりのギャラが300万なんてことはまずない。大ベテランの超人気脚本家でもあり得ない(はず)。脚本家5年生のわたしは、フリーランスなので自分でちまちまとギャラ交渉をしつつ、まずは100万/1話に届く日を夢見てがんばっている。まだまだ届かない。それでもコンクール時代に戻りたいとは思えないのだ。
ちなみに超余談ですが、数年前までヤンシナの大賞賞金は500万でした。ある年から300万に下がってしまったのです。不景気だね。いつからかって?
わたしが受賞した年から——————————
受賞を知ったとき、喜びと同時に誓った。残りの200万、絶対にフジテレビからかっさらってやる……。ハングリー精神というのは大事なようで、その後フジテレビでお仕事をいただき、脚本料の総額はさすがに200万を超えています。いやぁ感謝感謝(^^)まーじだいすきフジテレビ♡
仕事にするということは、お金を稼ぐということです。
「今応募したら賞金もらい放題じゃないですか!?」と冗談で言われたことがあるけど、正直コツコツ仕事で書いたほうがよっぽどコスパがいい。1円にもならない可能性が高く、しかも誰に求められたわけでもない脚本を、仕事と生活の隙間を使って書くこと。それは間違いなく、〈どうしても脚本家になりたい〉という意地で気が狂った人間の所業だった。狂っていた。狂ってなきゃこんな仕事しないよなぁ~と、税理士さんにもらった会社の決算を眺めながら冷静に思えている現在。(法人化するくらいにはなれています)(←ようやく夢のあること言えた)
コンクールに向けて脚本を書き始めたのは、2018年の3月だった。当時は病院勤務の助産師。シフト制で夜勤もあったのでシナリオセンターなどの学校に通うのは不可能だと思い、いわゆる独学で勉強した。
といっても、月刊ドラマや月刊シナリオといったシナリオ専門雑誌や、尊敬する脚本家さんのシナリオブックを買って読んだ程度。頭からじっくり読むというわけではなく、映像になったものを見ながら「このシーンのト書きどうなってんの……?」と思ったところを開いて「なるほど~」みたいな使い方をしていた。お世話になりました。シナブはもっと発売されるべき。
あとはひたすら書いた。書いて書いて書いた。書けたらコンクールに送って送って送った。とにかく書いて、送った。夜勤明けもシャワーを浴びたらすぐ近くのコメダに行って書いた。休日はドトールとガストとたまにロイホを巡って一日中ひたすら書いた。脚本家になりたくてなりたくて、気が狂っていたから。
コンクールに関してたいしたアドバイスはできないけど、声を大にして言いたいのは、〈まず書いて。書けたなら送って〉。これだけです。
「書こうと思えば書けるし」と口だけ達者で何もしない人は、一生何者にもなれません。自分は何者にもなれなかったというコンプレックスを拗らせたSNSでの誹謗中傷モンスターになります。
「自信作が書けたらいつか送ろう」と書けても出し渋ってしまう人がいるようですが、ほんと何も気にせず出したほうがいいです。コンクールに送るということは素人ということ。素人の自信作という判断基準なんて、審査する側からしたら知ったこっちゃありません。ドラマや映画をつくっているプロが脚本を読んでくれる機会を逃さないでください。書けたなら送ろ!!!恥じることなんてない!!!!!わたしも数年前に送ったあの超駄作がテレビ局のどこかに今も眠っていると思うと恥ずかしくてたまりません!!!!が、脚本家になったもん勝ち!!!!誰も掘り起こしませんよーに!!!!!!
いろんな地獄があると思うけど、わたしにとっての地獄は、初期の一次審査落ちが続いた頃ではなく、少しずつ審査を突破するようになった頃だった。あの頃はほんとに苦しかった。
佳作や奨励賞をもらえるようになると、映画会社やテレビ局のプロデューサーと知り合う場面も出てきます。連絡先を交換して、実際にメールが来ることもありました。夢に近づいてる感じありますよね。いいえ、これは「あ、夢ってないんだ。これ現実なんだ」と目が覚めた瞬間でした。
仕事に繋がらない。
受賞作読みました。素晴らしかったです。いつか一緒にお仕事したいです。他の執筆作も読ませてください。ぜひ弊社で企画開発を。期待しています。
そんな言葉がたくさん並んだメールが届き、無知なわたしはすぐにデビューできるものだと思いウッキウキで作品を送りました。その後、もう5年ほど返信がありません。逆に2年くらいたってから「ご無沙汰してます~!」と急に返信がきたりもした。これは当然、ドラマ『silent』の放送後です。そういうことなのです。コンクールで受賞したから脚本家デビューできたことは事実だが、受賞してもデビューできない可能性が大いにあることも、事実。
何事も大事なのは運とタイミングです。
運を味方につけてデビューできたと思っているし、タイミングを逃さなかったから仕事が続けられているんだと思います。もちろん、運に見放されて理不尽に企画がすっ飛んだり、タイミングを見誤ってやりたい企画に参加できなかったこともある。悔しい。脚本家どころか人間として扱われていないと感じることすらある。腹立たしい。デビューしたって、そこらへんに普通に地獄がいっぱいある。夢だった仕事をしながら、毎日メソメソ泣いたりする。
でも、だからこその、とにかく書いて送って! です。
運があるかどうかは、書いて送って審査してもらわないとわかりません。コンクールは大抵年に一回の開催です。忙しいからいいや~と応募を見送った年に、あなたが書こうと構想していた脚本と類似した作品が大賞を受賞していたらどうしますか? 走馬灯が生前見ることのできなかった60分の単発ドラマになりますよ?(それはそれで楽しそう)。だから脚本家になれた今も、運とタイミング愛してる! 抱きしめて離さない! の精神で日々仕事に食らい付いています。
そうはいっても、脚本家にならなくても死ぬわけじゃない。地獄を見たくない場合はおすすめしません。けど、地獄を見てでも脚本家になりたい人は、とにかく書いて書いて書いてください。地獄を見続けてもこの仕事がすきで続けたいと思っている人間の言葉なので、信憑性はあると思います。地獄で待ってます♪
生方美久(うぶかたみく)
1993年、群馬県出身。大学卒業後、医療機関で助産師、看護師として働きながら、2018年春ごろから独学で脚本を執筆。’23年10月期の連続ドラマ「いちばんすきな花」、’24年7月期の連続ドラマ「海のはじまり」全話脚本を担当。

