「仕事を続けながら、いずれは子育てしたい」――多くの読者の皆さんからそんな声を聞きます。でも、いざ子供が産まれたら自分の暮らしはどう変わるのか、なかなかイメージしづらいもの。そこで、働きながら子育てしている先輩読者を取材。「幸せ」だけど、それだけでは割り切れない、リアルな声をお届けします。
「早いうちに産んだほうがいい」?
「行きたいときにトイレに行けて、話が通じる相手と話して、お金までもらえる…仕事って最高!」
2年前、育休から職場復帰したばかりのBさんはそう感激したという。大手メーカーでマーケティング担当として働く、現在37歳。子育てを通じて、自分自身の度量が広がったと感じている。
「以前なら苛立っていたような場面でも『いや待てよ、相手は話せば通じる大人じゃないか』と冷静になれるんです(笑)。ほかにも、短時間で効率よく仕事をこなすようになったりと、子育てが仕事へもいい影響をもたらしてくれています」
しかしそんな実感とは裏腹に、職場での評価には納得がいかないことが多いという。
「時短勤務だと昇進しづらいんですよね。自分がくすぶっている横で、以前だったら『絶対コイツには負けない』と思っていたような後輩男性が順調に昇進していくのを目の当たりにして。いわゆるマミートラックに入れられてしまったなと思っています」
※マミートラックとは
子どもを持つ女性のキャリアのあり方の一つ。時短勤務などによって仕事と子育てを両立しやすいものの、昇進・昇給といった出世からは外れたキャリアコースのこと。「…せめてペアレンツトラックであるべきでは?」と疑問に思ったら、前回の記事を参考に。
大手企業であるBさんの勤務先は、福利厚生も整っていて、一見するといわゆる“ママに優しい会社”だ。
「でも…なんというか、“ママに優しい”の種類が選べないんです。休みを取ったりしやすいけれど、昇進もしない。母親になったら、それ以外に選択肢はない。仕事へのスタンスや家庭環境など、人それぞれ違うのに、母親だからといってみんな一括りのキャリアコースに乗せられることに違和感を感じます」
Bさんが育児休暇を取得したときの年齢は34歳。実は勤務先企業では、30代前半がちょうど昇進のタイミングだという。
「中堅で育休を取って、そのあと時短勤務になると、そこからなかなか上がれないんですよね。会社で似た境遇にいる女性たちとは『早いうちに産んで、復帰後しばらく働いてから30代に入るのがベストでは』という話になりました。実際、入社2年目で育休をとった同期は、今は子育てが落ち着いてバリバリ働けて、私たちより早く昇進しています」
理想のキャリアを歩んできた、はずなのに…
しかし、妊娠・出産のタイミングは自分の都合だけで決められるものでもない。実はBさん自身、そろそろと思ったタイミングで授からず、3年間の壮絶な不妊治療を経てなんとか授かったという経緯がある。
「原因のわからない不妊だったので、考えられる妊活は全部試しました。基礎体温をつけて、病院へ通って、人工授精もして…最終的に、今の子は体外受精で授かりました。かかった費用は3年で250万円ほど。経済的にも精神的にも負担の大きかった3年間でした」
不妊治療を始める前まで、Bさんは会社の花形である海外営業部門で活躍していた。しかし1年の4分の1は海外にいる生活では、定期的に通院して不妊治療を受けるのは難しい。上司に正直に伝え、異動を希望した。
「キャリアの流れとしては、よかった面も大いにあります。20代のうちは望みどおり海外営業でバリバリ働いて経験を積めたし、異動後のマーケティングの仕事も、天職と思えるくらい自分に合っていて。もしもっと早くに妊娠・出産していたら、海外出張の多い仕事はこなせなかったと思います。すべてのタイミングは、私にとってちょうどよかった…だからこそ、ここまで順調にキャリアを積んでも肝心なときに昇進できず、同僚男性にどんどん先を行かれてしまうという現実に、無力感を感じてしまいます」
長時間労働の美学にSTOPを
現在は、転職も視野に入れながら、今後のキャリアを模索している。コロナ禍で夫婦ともにリモートワーク中心の働き方になったことにより、保育園の送迎なども互いに協力しやすくなり、勤務時間をフルタイムに戻すことも検討中だ。
「子供も3歳になり、まだまだ手がかかるとはいえ一時期よりはだいぶ落ち着いてきました。リモートワークかつフレックスタイム制などで勤務時間帯を調整できる会社であれば、フルタイムでも働けそうです。ご縁があればと思い、実際に面接なども受け始めています」
そう言いながらも「本当は、今の会社がもっと変わってくれたら一番いいんですけどね」と苦笑いする。
「若手女性向けに『子育てと仕事は両立できる』みたいなワークライフバランスの研修があるのですが…そんなの当たり前だし、その前に昭和な価値観のおじさん上司たちを教育してくれ、というのが正直なところです。いまだに『残業するヤツは偉い』みたいな雰囲気もあるなかで、いくら女性へのサポートを手厚くしても意味がない。結局ママになった人がキャリアに悩み、自分でなんとかするしかないという現状に、会社は早く気づくべきだと思います」
長時間労働が美学となってしまっている職場では、育児に時間を割いている人が評価されないのは当然だ。育児だけではない。プライベートでさまざまな事情を抱えた人を、排除することになりかねない。Bさんは、今の職場にいるうちは、自分からその風潮を断ち切っていきたい、という。
「時短からフルタイムに戻してバリバリ働いている先輩がいるのですが、深夜や休日にもメールを返すので、おじさんたちの間で『あいつはすごく頑張っている』みたいなムードが生まれているんですよね。私自身、そんな先輩の姿を見て『とてもフルタイムには戻れない…』と思ってしまっていたのですが、友人にその話をしたところ『その先輩がよくないよ』と指摘されて。確かに、先輩の頑張り方では『ほかのママたちの努力が足りない』という印象を招きかねない。私はあとに続く人たちのためにも、職場に“長時間”以外の価値観を根付かせられるように、行動したいなと思っています」
昨年、政府はいわゆる「2030(にいまるさんまる)」(=2020年までに指導的地位に占める女性の割合を30%程度に上昇させるという目標)の達成年限を先送りにし、「2020年代の可能な限り早期」とすることを決めた。Bさんの話を聞いていると、さもありなん、と言わざるをえない。私たちは、管理職のたった30%を女性にすることすら難しい社会に生きているのだ。
時短勤務といった制度や、いつでも誰でも休暇を取りやすいチーム作りは確かに必要な配慮だ。しかし、それだけでは本当に“ママに優しい”会社とは言えない、という現実。さて、あなたの勤務先は、どうだろうか。