通勤電車で、ベッドで眠りにつくまで、週末に――味わいながら読みたいおすすめの書籍をライター 温水ゆかりさんがご紹介。
尾道はイタリア人。読後、監督の遺した言葉に大きく頷く
2020年4月、82歳で亡くなった大林宣彦監督。著者は監督の義理の息子さん、大林千茱萸（ちぐみ）さんの夫だ。村上春樹の短篇や『1984』のコミカライズなど文芸色高い漫画家＆イラストレーターとして知られるが、家族のメンバーになったときは、会社を辞め、無職同然の身の上だったという。
時間がたっぷりあったので、大林事務所に退職希望者が出たときに著者が代わりに入る。撮影現場や国内外の出張への同行、台本に絵を描き、AKBのPVでは台本にも参加した。表現者としてチャンスを与えられただけでなく、何気ない会話から学んだことも多い。題名には現代の青年が歩んだ「ぼくのクロニクル」的な意味合いもあるように思う。
デビュー作『HOUSE』から尾道3部作、遺作となった『海辺の映画館－キネマの玉手箱』まで監督が日本映画史に遺した足跡は大きいが、人を育てる力にも感嘆する。著者はあるとき「太った方がいいよ」と監督に言われた。「マンガ家として、ですか？」と聞くと、そうだと。体型を変えると作品が変わる。自分は『転校生』の頃意識して太ったと。またあるときは、監督が「作劇的には――」と作り手の側に立って言った一言に、雷に打たれたような衝撃を受ける。観客の「共感」の立場で見ているだけではだめだ、と思い知る。またあるとき「森ちゃんは書く人だね」と言われたことで、漫画家としての自分の輪郭が明確になったという。
ピアノも歌も絵も天才的に上手で、大勢で飲んだり食べたりすることも大好きだった愉快な監督。学生時代に結婚を申し込んだ愛妻恭子さんとの数々のエピソードなどは純愛大河。義父に対する愛情と、ジャンルは違っても同じクリエーターとして師と仰ぐ敬慕の念が入り交じった人物スケッチで、温かな読後感は大林映画のようだ。
満の皮膚から発散される強い怒り。彼に刻まれた赤い月の記憶とは
君には怒りの匂いがある。稀有の嗅覚を持つ朔にそう指摘された満は、彼の住居兼工房の洋館で働き始める。我が物顔で出入りする探偵の新城、「小学校の教室の匂い」など奇妙な注文を出す顧客達。満も朔が調合した香りに深い精神の安らぎを得て、貯蔵庫からストックをくすねるようになるが、罪にも匂いがあって……。匂いと記憶の不思議を描くシリーズの第2弾。朔が満に興味を持った“謎”が解き明かされるラストに、もう次作を期待してしまう。
読むべきは、不思議な能力の部分ではなく感受性の瑞々しさ
日本に青春小説はあっても思春期（adolescence）小説は少ない気がする。何が違うって？ 青春は感性、思春期は感受性、みたいな感じ。祖母が亡くなりぼっちになった高2の遥香。彼女は「走馬灯の絵師」と称する葛城によって他者の記憶を視る能力に目覚める（同級生の裕生も）。ある女性の走馬灯に映し出される哀しみや後悔を通して感受性の蕾が次々と開く遥香。そして自分を捨てた母との対面。これぞ思春期小説。この清潔さ、忘れ難いです。
