通勤電車で、ベッドで眠りにつくまで、週末に――味わいながら読みたいおすすめの書籍をライター 温水ゆかりさんがご紹介。
カナダで乳がんに。医療従事者達の翻案大阪弁が重苦しさを払う
西加奈子さんの初ノンフィクション。帯に「カナダでがんになった」とある。バンクーバーもコロナ禍にあった2021年5月のことだ。
脚にできた赤い斑点の痒みでクリニックに行き、前から気になっていたことも聞いてみた。「胸にしこりがあるんです」。先生の顔色が変わった。超音波検査、マンモグラフィ、針生検を経て下された診断は「浸潤性乳がん」。トリプルネガティブという予後が悪く再発率の高い乳がんだった。
抗がん剤治療を半年続け、がんを小さくしてから手術することに。脱毛に備え、ウィッグを用意し、頭を剃る。坊主頭が似合って、我ながらカッコイイ。写真を友人達に送った。みんな褒めてくれた。「私は照れなかった。だって私は間違いなく美しかった」。すっくと立った精神の美しさでもある。
本書は物理的な治療の時間に埋め込まれたさまざまな思索がとりわけ輝く。老けたくない、ムダ毛は処理しなくては、若さがすべて、おばさんになったら終わりだなど、他者の欲望を内面化してきた東京での生活。万能感もあった。しかし、がんになって知る自分の弱さ。友人達が順番に食事を届けてくれる「Meal Train」で人の作ったご飯の力をしみじみ感じた。日本だったら家族でなんとかしなくてはと思ったはず(悲しいかな、日本は“人に迷惑をかけない”を金科玉条にする国だ)。
手術では両乳房を切除、乳首も残さなかった。
遺伝子検査で遺伝性変異がわかったアンジェリーナ・ジョリーのように将来卵巣や子宮を取るかもしれない恐れ。それでも高らかに宣言する。女性の特徴である臓器を失っても「私は女性だ」「私が、そう思うからだ」。PTSDという後日譚では死と生にも思いを巡らす。ハグ好きになったとも。共感する、だってハグって生の祝福交換だもの!
積極的に仲間を巻き込もう。仕事も育児もという生き方
プライベートも共有するSEKAI NOOWARIのメンバー達。著者は交際5年の彼と結婚を決めたとき“結婚するってことは出産するってことだから”とぶち上げる。タイトルはざくろの種ほどのサイズで画像対面した我が子のこと。出産後の育児編が示唆に富む。“仕事もする私はケアされて当然”という被害者意識、夫と育児を分担したからといって2分の1にはならない現実。どうやって打破したか。自己憐憫にひたらない書きっぷりが軽快。
コロナ禍の静まりかえったホテルで、生が躍動する動画を見続ける作家
ホテルのVIP専用の部屋に常泊する70歳の作家矢﨑健介。ユーチューバーになった40前後の「世界一もてない男」に付き合って女性遍歴を語る動画を撮る(表題作)。矢﨑の部屋に泊まるファイナンシャルプランナーの「わたし」が彼のおしゃべりに付き合い、バスを使うものの裸にはならず、先に寝る「ディスカバリー」は奇妙な後味を残す。矢﨑は人生に倦んでいるのだろうか? 村上龍作品で初めて、主人公の背中を見てみたいと思った。