GW、そしてその先の夏休み。旅先にはぜひ本も連れて行って! おすすめの書籍をライター・温水ゆかりさんがご紹介。
ゴリラでもない、人間でもない。一体「私」は何者なの?
ゴリラが裁判を起こす!? こんな奇想で人間と動物の境界をテツガクさせる本書は、実際にあった事件を下敷きにする。米国の動物園で4歳の男の子が柵から転落。ゴリラが男児を引きずり回したため、動物園は命の危険があると判断してゴリラを射殺した。
本書はこの事件と同様の経過で愛する夫を殺されたメスゴリラのローズ・ナックルウォーカーが、動物園を相手取って起こした裁判から始まる。彼女は憧れの新天地アメリカにやって来て、動物園で群れのボスのオマリと出会い、3番目の妻になって(ゴリラは一夫多妻制)念願の子供が産めるかもしれないと新生活に胸躍らせていた。それなのに、突然奪われた未来。
ローズは「原告の請求棄却」の判決を言い渡された後、やり場のない怒りをかかえて裁判所のホールを四足歩行(ナックルウォーカー)で駆け抜ける。「正義は人間に支配されている。裁判は動物には不公平だ」。
こうしてローズはアメリカに来るまでの「私」を語り始める。カメルーンの自然保護区で生まれ、母や類人猿研究者達から言葉や手話を習ったこと。テレビや映画でアメリカに憧れていたある日、政治家が来て渡米できるようカメルーン政府と交渉すると約束してくれたこと。手話を音声に変えるAIグローブもローズ用に開発されたこと。
ローズは自分がどうしてこんな苦しいのか分かっている。人間のように考え人間のように行動するからだ。ゴリラなら夫の死を簡単に受け入れただろう。萎れたローズに「勝訴していい顔になれ」とハッパをかける下品な興行師、「僕たちは必ず勝つよ」とうそぶく小生意気な若造弁護士。新たな裁判で若造弁護士が繰り広げる根源的な問いが本書の読み所だ。読後はローズみたいな賢いユーモリストの女友達がほしくてたまらなくなる。
ありふれていても、それぞれ違う。女達が描いた生のシュプール
渡辺展子と渡辺久美は中1で出会い、仲良くなる。久美は完璧な美少女。残念なことに性格もいい。展子は久美の“添え物”を覚悟する。物語は展子が聞き手に向かって“ついてない人生”を語るという体裁。受験や氷河期の就職、夫の会社の倒産や彼の浮気、パン屋の事業拡大に苦労し子育てにも悩む。ところで展子が出演しているラジオ番組とは? それが分かったとき、人生って自然体でいいんだ、失敗も挫折も花実になるんだ、と肯定したくなる。