話題の新刊『ウディ・アレン追放』。アメリカ映画界のヒットメーカーとして君臨してきた男が、女児に対する過去の性的虐待疑惑で業界から“追放”されるというスキャンダルを、丁寧かつ緻密なリサーチを基に書き上げた著者 猿渡由紀さん。その執筆の裏側を伺いました。
映画好きなら、いやそうでなくても、彼の映画を1本は観たことがあるはず。彼の名はウディ・アレン、現在85歳。映画監督であり、俳優、脚本家、小説家...。その類稀な才能で、アカデミー賞に史上最多の24回もノミネートされ、監督賞を1度、脚本賞を3度も受賞。でもその記録が更新されることは――もう二度とないかもしれません。
一大ムーブメントとなり、今も継続している#MeToo運動。セクハラや性的暴行を受けた被害者たちの、勇気を奮い起こした告発が、幾人もの加害者に社会的制裁を加えてきました。運動の発端となったのは、ジャーナリストのローナン・ファローが取材執筆し、米誌『ニューヨーカー』に寄稿した記事。ハリウッドの大物プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインの悪行の数々を暴き、彼を失脚に追い込むまでに。このローナンなる#MeTooの立役者が、実はウディ・アレンと女優ミア・ファローの実子なのです。
ウディとミアは、かつては何本ものウディ作品でタッグを組んだ、公私にわたるパートナーだったという過去があり。大勢の養子を迎え育てていたミアの働きかけもあって、実子(ローナン)だけでなく、アレンが父親となった養子が2人います。そのうちの1人であるディラン(当時7歳)に対する性的虐待疑惑で、ウディとミアが長年にわたり抗争し続けている話は有名。#MeTooでピリッツァー賞を手にしたローナンが、この実父の疑惑を再び表舞台に引っ張り出し、糾弾したことで、ついにウディは映画界から“追放”!
ミアがウディの養女ディランに対する性的虐待を公にしたのは1992年、別離の際の親権争いでミア側が強烈なカードとして繰り出したことから始まりました。2014年にはディラン自身が、ウディから受けた虐待を告発。紆余曲折を経て一時は沈静下していたこの争いが、再び脚光を浴び、ウディが追放されるまでの展開をみせたのは、2020年のこと。一連の経緯を書籍にまとめ上げた猿渡さんに、話を伺いました。
― ハリウッドのスキャンダルは星の数ほどありますが、ウディ・アレンを軸に1冊の本にまとめようと考えたきっかけは?
去年の夏、日本で『レイニーディ・イン・ニューヨーク』が公開になったことです。「#MeToo」でウディの過去の虐待疑惑にあらためて注目が集まり、今作をアメリカで配給するはずだったAmazonは、配給をやめました。そういう背景を知っている日本の関係者や映画好きな人からは、「日本で公開するって、良いのかなあ?」というような声が聞かれるようになりました。
そこへ、映画ライター村山章さん主催で「ウディ・アレンは社会から抹殺されるべきか?」という配信トークイベントが行われることになり、私も登壇者の1人としてLAからリモート参加しました(ほかの人は東京から)。それがきっかけです。日本だけでなくアメリカでもこの件についてはあやふやな知識しかない人が多いのが実情ですし、このスキャンダルをもっと深く探ってみたいと思いました。
― 著書は、ウディとミアのどちらにも偏向せずに、これまでの全容を追っています。過去資料は、どちらかに寄った記事が多かったかと思いますが、ニュートラルな視点を貫くために、気をつけたこと、気を遣ったことは?
どちら側の本、記事もできるだけたくさん読むことです。本人たち、またその友だちは当然、本人に都合の良いようにしか言わないので、その「間」を埋めることも必要。その意味ではコネチカット警察の捜査当時の事情をずっと後になってから振り返った地元の記事とか、ミアのベビーシッターの1人だったクリスティ・グロティキが1994年に出版した今はもう絶版になっている告白本とかが貴重でした。クリスティはミアにかわいがられていることを自覚していて、あのスキャンダルもミアとともに過ごしていますが、ちょっとした記述などに「間」を埋める要素を見つけることができました。
― ウディの過去をひも解くなかで、猿渡さん自身が考えていた人物像、今まで持っていた印象が覆された部分、発見などはありましたか?
ウディは思っていた以上に女好きだったということ。浮気癖もすごい。
― ミアについてはどうでしょう?
ミアに関しては、彼女が養子、それも障害のある子を何人も引き取っていることは知っていましたが、それがほとんど執着と思えるほどのペースでやっていたこと。もうすでにたくさん子供がいるのに、障害の度が本当に重い子を引き取って、数日でやはり無理だと諦めたこともあります。
それと、発見、というのとは違うかもしれませんが、スンニのヌード写真をミアが見つけなかったらどうなっていたのだろうとよく思います。あの写真が見つからなかったら、スンニとウディの関係はいつか終わり、何も知らないままミアとウディは付き合い続けたのか。そうしたら家族は分断されずに済んだのか。
― ウディの“追放”が解かれる日がくると思いますか?
刑事裁判で無罪になっていても、ディランが被害を訴えている以上、“追放”が解かれることはないでしょう。
― #MeTooに端を発するセクハラを働いた大物たちの追放劇、ゴールデングローブ賞の存続危機など、暗黙の了解でまかり通っていたことが軌道修正されるという大きな変化が次々と起こっています。現地で一連の出来事を体感している猿渡さんが思う、これらが今後のアメリカの映画製作にもたらすと影響は?
この5年ほどは、「#OscarsSoWhite」で映画界の多様性、「#MeToo」で反セクハラ、「#TimesUp」で職場環境の改善などが奨励されてきて、人々の意識は大きく変わっています。それらの変化は前でも、後ろでも起きています。映画界に限りませんが、これまで立場を利用してずるいこと、悪いことをやってきた人や団体は、大改革しないと生き延びられないでしょう。悪は滅びる時代になってきたと思います。
― この書籍は、LAがロックダウンされていたステイホーム期間に取り組んだ仕事と伺っています。次回作を執筆するとしたならば、書きたい題材は何でしょうか?
やはりハリウッドにまつわることで、1つ書きたいと思っているテーマがあるのですが、あまりに業界内の話すぎるかなという気もしています。こちらはまだ進行形でもあり、ちょっと様子を見たいと思っています。
― ありがとうございました。
ウディとミアの愛憎の顛末が描かれているだけでなく、社会全体が抱える問題までも考えさせられる一冊になっています。まるで映画を観ているかのような展開に引き込まれ、ページをめくる手がとまらなくなる面白さ。あなたの読みたい本リストに、ぜひ加えてください。
猿渡由紀(さるわたりゆき)
神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒業。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。LAをベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や撮影現場リポート記事、ハリウッド事情のコラムを、数々の女性誌、映画誌、新聞、ウェブサイトに寄稿。放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。
ニューヨークを象徴する文化人として知られ、数々の映画作品をヒットさせてきたウディ・アレン。世界中に広がる#MeToo運動のあおりで、今ついに業界から追放される事態に。元交際相手ミア・ファローの養女への性的虐待、そのスキャンダルの真実とは? 法廷闘争にまで発展し、いまもなお闇に包まれた部分の多い一大スキャンダルの軌跡を、在米30年の映画ジャーナリストがまとめ上げた一冊。