スタイリスト青木貴子さんによる、素敵な人に一歩近づく生き方指南。こんな時代だからこそ、前を向いて歩いていくためのヒントをお届けします。
いま世の中は自由なの?本当の自由を享受するには?

2024年11月、ヨーロッパを代表する指導者として知られたドイツ・メルケル元首相の回顧録『自由』が出版されました。その日本語版が先日発売され、それを機してメルケル元首相が来日し、多くの場で彼女の考えを耳にする機会がありました。
回顧録のタイトルは『自由』。東西ドイツの分断、自由を封じられた幼少期を送った彼女にとって「自由」とは、私たちが思っている以上に深い意味を持つ言葉だったと思います。民主主義国家にこそ存在し得る自由、その実現のためにメルケル氏は活動をしてきたと言います。
2005年にドイツ初の女性首相になってから2021年までの16年間、様々な危機的局面をそれぞれの立場の自由を維持存続するためブレない信念を持って、また人道主義を重んじて動いてきました。たとえば2015年プーチン大統領がクリミア侵攻を始めたときも真っ向から彼に詰め寄り、2018年前回トランプ氏が大統領に就任した際に発した関税政策にも断固として反対の意思を毅然とした態度でトランプ氏に伝えました。中東シリアからの難民危機などにも真摯に対応。しかし難民受け入れなどによる国内情勢の変化などにより政界を引退しました。この時ヨーロッパでは極右政党が躍進、一気に風向きが変わりました。そしてパンデミックを経て世界情勢は大きく変化したのは周知のとおり。

2025年現在、かつて「自由の国アメリカ」と呼ばれたアメリカから自由や多様な考えが排除され始めています。ハーバード大学に対して留学生の受け入れ許可停止を発表したことは世界に大きな驚きと波紋を広げました。それは自由を許さないと同義、そのことを世界に宣言したということですから。
他国との軋轢を生む関税政策もどんどん推し進めるトランプ氏。アメリカさえ良ければ、という姿勢は強まるばかりです。アメリカだけでなくロシアも中国もその他の国もどんどん自国ファースト主義に。世界はこの先いったいどうなっちゃうんだろう? 自由が消えて無くなる日が来ちゃうのでは? そんな不安がむくむくと湧き出てきますよね。今こそ国際秩序を守る、自由を認めながら他国を尊重する、そういった視点を持ったリーダーが必要です。
自由とは他からの支配や束縛を受けないで、自らの意思に従って行動を決定できる状態のこと、という解釈が一般的。かつて多くの難民を受け入れたメルケル氏に対して支持するひとも批判するひともどちらもいます。何かに対して意見の違いはあるので、メルケル氏に対する印象もみなそれぞれ、それこそ自由なのですから。

賛否はどうあれ、私が彼女の言葉で感銘を受けたのは「自由とは自分のことだけを考える不謹慎なものではなく、他者の自由を認める必要がある(その上で成り立つ)」という考え方。いま起きている関税問題に対しても「トランプ氏は一方的に関税を提案します。(でも本来は)誰もが同じ権利を持ち話し合うことができます。私は多国間の公正な協力を支持しています」また「妥協する覚悟がなければ共存はできません」とも。
ここにみんなが平等に自由を享受できる根幹の考え方(秘訣)があるような気がします。自分だけではない周りを尊重してこそ初めて社会のなかで自由な状況が生まれるってこと。
「たとえば家族でも休暇の計画を立てれば家族間で意見が違うことも。でもともに旅するなら妥協が必要。全員が自分の意見に固執したらコミュニティは崩壊します。妥協を軽視せず重視すること。それが私からのアドバイスです」。——この言葉から、小さなコミュニティである家族でも、大きな括りである国家でも、自由を確立するために大切なのは「尊重と前向きな妥協」なのだということがよく理解できます。
メルケル氏が根本的に意見の食い違う相手にどう向き合ったらいいかを前ローマ・フランシスコ教皇に尋ねた際、教皇は「曲げて、曲げて、曲げて、けれど折れないようにすることです」と回答。メルケル氏はその考えに心を打たれたのだそう。このやりとりにも自由でいるためのとても大きなヒントが。しなやかな心、そして確固たる信念を持つことが大切なんですね。
メルケル氏は「現在の民主主義はドイツが統一し多くの国が自由になった1990年当時より、強い圧力にさらされています」と現情勢を憂いています。この時代の変わり目の変容は他人事ではなく自分事。自由という仮面を被った自分勝手が横行してきているいまの世の中。「真の自由とは何か?」について考える時間を持つことは、とても大事なことなのではないでしょうか。