映画ライター渥美志保さんによる連載。ジャンル問わず、ほぼすべての映画をチェックしているという渥美さんイチオシの新作『セイント・フランシス』をご紹介。
その無邪気さが、愛おしい
34歳のブリジットは未婚で恋人もおらず、お金ももっていません。今はレストランの給仕係として働いていますが、この仕事を辞めたくて休職活動中。みつけたのは夏休み限定のベビーシッターの仕事で、依頼主はレズビアンのカップル、マヤとアニーの娘で6歳のフランシスです。物語が追いかけるのは、このブリジットとフランシスが共に過ごした夏休みです。
見どころは何といっても、ワル知恵が回るきかん坊のフランシスのキャラクターです。公園に遊びに行くのに乳母車には乗りたくない! すぐだから歩ける!と言い張ったその舌の根も乾かぬうちに「疲れた~おんぶ~!」と言い出したり、ブリジットがトイレに行ってる間に鞄をあさったり、もし私がシッターを頼まれたら「こ、このクソガキ…!」と絶対思うと思うんですが、映画に出てくるとこれほど生命力にあふれた子供もなかなかいません。最近の子供は良くも悪くも「いい子ちゃん」であるのに対し、フランシスは「世の中の常識とかお構いなし」で、子供って本来こういうものだよね、っていうのを思い出させてくれるんですね。
満たされないと思っていた日常に、差し込む光を感じて
当然ながらブリジットはブンブンに振り回されるのですが、仕方ない……と付き合っているうちに、だんだん波長があってくる。ブリジットは何かにつけて「34歳にもなって…」と言われがちなんですが、そういう大人の常識に囚われていないフランシスは、ブリジットを「ダメな大人」扱いはしません。もちろん彼女は子供だから当然といえば当然ですが、それ以外にも理由があります。これまでフランシスについていたベビーシッターは、彼女の行動の裏にある孤独や不満を理解してはくれなかったけれど、ブリジットは、自分ととことん付き合いそれを感じ取ってくれるんです。ブリジットのほうも、そういうフランシスとの付き合いを通じて、強さを取り戻してゆきます。
生理、妊娠、中絶…。女性の負担に関するリアルをユーモラスに表現
映画はさらに、二人の関係の周辺に現代女性の悩みをちりばめてゆきます。例えばフランシスの両親、マヤとアニーのレズビアンカップルに対する差別、フランシスを育てながら妊娠中でもあるマヤの孤独、一家の大黒柱なのにマヤといると「乳母」のように扱われる黒人女性のアニー、そしてブリジットの抱える問題。人種、性別、学歴、セクシュアル・アイデンティティによる差別にくわえ、母性神話、リプロダクティブ・ライツ(妊娠・出産に関する権利)にまつわる悩みなど、素直に「辛い」と口に出しづらい悩みが次々と描かれます。
でも「認めてしまえば、もっと辛くなる」と思ってしまう劣等感は、もしかしたら世の中にそう思い込まされているだけ、植え付けられてしまっているだけなのかもしれません。「女なのに」とか「女のくせに」とか言われる以前は、誰もがフランシスみたいに、自由奔放に好き放題に生きていたはず。ラストシーンには「下の世代には、同じ思いを背負わせたくない」というブリジットからフランシスへの思いが描かれているように思え、感動的です。
本作の監督アレックス・トンプソンは、グレタ・カーウィグ監督の『レディ・バード』に触発されてこの作品を作ったそうです。よろしかったら是非こちらも併せてご覧くださいね。
『セイント・フランシス』
監督:アレックス・トンプソン 脚本:ケリー・オサリヴァン
出演:ケリー・オサリヴァン、ラモーナ・エディス・ウィリアムズ、チャーリン・アルヴァレス、マックス・リプシッツ、リリー・モジェク
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2022年8月19日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開
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