映画ライター渥美志保さんによる連載。ジャンル問わず、ほぼすべての映画をチェックしているという渥美さんイチオシの新作『わたしは最悪。』をご紹介。
目標をコロコロと変える生き方はアリ?
30歳前後は、自分では何でもできる「いっぱしの大人」と思っているけれど、実はまだまだ子供で、何がやりたいか、何が欲しいか、何に向いているかはよくわかっておらず、実際にやってみると意外と何もできない――ということに気づくのは、その時代が過ぎて10年くらいたってからなんじゃないかと思います。
この作品の主人公はまさにその世代の真っただ中にいるユリア。頭がよく医大に行った彼女は、でも医者になることが自分の人生と思えず、カウンセラーになろうと心理学を学びなおすものの、やっぱり違うと今度はカメラマンに。
「これこそが自分の生き方」と思えずに方向転換するついでに、その場その場の男と付き合うのですが、そこもやっぱり「この人」と思えずに短期間の交際を繰り返します。そんななか出会ったのが、年上のサブカル系の人気作家。でも、その恋によって得た「人気作家の恋人」という地位も、自分の生き方や自分の価値を担保してはくれません。そうしているうちに偶然出会ったのが、カフェで働く同世代のイヴァンです。彼とのイーブンで自由気ままなその日暮らしを楽しむ彼女ですが、あることをきっかけに、また別の何かが頭をもたげてきます。
映画の前半はずーっと「何やってんだよこの人は、しょーもねえなあ」と思っているんですが、ふとしたところで「いやまてこれアラサーの頃の私そのまんまでは……」と気づいた私は、そこからずーっと全てが既視感の世界に。そしてユリアがたどりついたラスト、あまりに見慣れた風景にもはや笑うしかありませんでした。無鉄砲に飛び込むくせに妙なところで怖がりで、自分を肯定する言い訳を繰り返してばっかりのユリアには、だからこそ手に入らなかった「何か」がたくさんあります。
でもそんな人生がダメかといえば、全然そんなことはありません。手に入らなかった人生だからこそ、手に入った「別の何か」は必ずあるし、それを「自分はこれでよかった」と大事にできることが幸せなのかもしません。迷えるアラサー女子たちに「大丈夫!」というエールに代えて、見てもらいたい作品です。
『わたしは最悪。』
監督/ヨアキム・トリアー
脚本/ヨアキム・トリアー、エスキル・フォクト
出演/レナーテ・レインスヴェ、アンデルシュ・ダニエルセン・リー、ハーバート・ノードラム
7月1日(金)より、Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテ他全国順次ロードショー
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