映画ライター渥美志保さんによる連載。ジャンル問わず、ほぼすべての映画をチェックしているという渥美さんイチオシの新作『ベイビー・ブローカー』をご紹介。
親の縁とは?幸せとは?命と本気で向き合える作品
あまり知られていないかもしれませんが、韓国はキリスト教徒がすごく多い国。韓国ドラマをよく見ると、風景のなかに教会の十字架が映っていることも多く、教会は意外と身近な存在です。事情があって子供を育てられない親が教会に子供を置いていくのは、キリスト教の国では、ないことではありません。でも「親が子供を捨てるなんて!」という考え方があるのは当然のことです。
映画のモチーフは、そんな韓国で物議を醸す「ベイビーボックス」。物語は年若い未婚の母ソヨンが教会に赤ちゃんを捨てに来ることから始まります。この赤ん坊を密かに連れ去ったのは、養子を望む夫婦にボックスの赤ん坊を売って金を稼いでいたサンヒョンとドンスの2人組。気が変わって教会に戻ったソヨンは2人の裏稼業を知るも、稼ぎの山分けを持ち掛けられ、養父母探しに同行することに。実は小さいクリーニング屋のおやじであるサンヒョンのボロいバンに乗り込みます。そして彼らの後を追うのは、2人の女性刑事。人身売買を現場で押さえ逮捕しようという寸法です。
冒頭でこの刑事の片方が「捨てるくらいなら産むなよ」と母親を厳しく非難します。観客も当初はそんな風に思いながら映画はスタートするのですが、見ていくうちに「悪いのは母親だけなのか?」と思い始めます。「ボックスがあるから捨てる母親がいる」「ボックスがなければ死ぬ子供がいる」「捨てる母親がいるから子供を売るブローカーがいる」「子供を買う夫婦がいる」「子供を持ちたくても持てない夫婦がいる」「写真で見るよりかわいくないと子供を値切る夫婦がいる」「子供を売るブローカーの逮捕より、子供を捨てざるを得ない母親を減らすべきでは」「子供は跡継ぎの道具か?」「そもそも捨てられた子供の父親に責任はないのか?」――さまざまな疑問や理不尽が浮かんできます。
カンヌ国際映画祭で主演男優賞を受賞したソン・ガンホをはじめ、カン・ドンウォン、ペ・ドゥナ、イ・ジウン(IU)という韓国の大スターの顔合わせが何しろ豪華な作品ですが、韓国ドラマを見ている人なら、画面の隅から隅まで「あ!この人!」という俳優さんだらけ。韓国での是枝監督の絶大な人気を感じさせます。親子の縁に恵まれずに生きてきた、親たち、子供たち。彼らが泣き笑いをともにしながら疑似家族になってゆく過程も、刹那の幸福とラストの痛切も、『万引き家族』に通じる作品と言えそうです。
『ベイビー・ブローカー』
監督・脚本・編集/是枝裕和
出演/ソン・ガンホ、カン・ドンウォン、ペ・ドゥナ イ・ジウン、イ・ジュヨン
https://gaga.ne.jp/babybroker/
6月24日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
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