映画ライター渥美志保さんによる連載。ジャンル問わず、ほぼすべての映画をチェックしているという渥美さんイチオシの新作『マイ・ニューヨーク・ダイアリー』をご紹介。作品の見どころについてたっぷりと語っていただきました!
何者かになりたい、彼女の結末は
旅行でニューヨークを訪れた作家志望のジョアンナは、自分を特別な人間と思わせてくれるその町に魅了され居残ることに。まずはどうにか暮らそうと就職活動し、どうにかこうにか老舗の出版エージェンシーでアシスタントの仕事を手に入れます。エージェンシーの仕事は作家のマネジメントで、作家が書いた作品を雑誌社や出版社に売り込み、世の中に出るまでのなんやかやを取り仕切るのですが、彼女の上司マーガレットのクライアントは、伝説の隠遁作家J・D・サリンジャー。彼女はサリンジャーの「ファンレター係」を申し付かるのですが、この役目がどんなものかはさておき。
映画が描くのは、ジョアンナの「自分探し」の日々です。作家を夢見てNYに出てきたジョアンナは「作家を夢見て」というより、「作家を夢見る夢」に夢見ている感じ。「作家になるならNYでしょ、NYの安アパートで暮らすでしょ、作家の卵がたむろするカフェで原稿書くでしょ」みたいな、「NYに住む作家の卵」を気取っている感じです。書店で出会い同じカフェの常連になったこれまた男(こちらも作家の卵)と、「お定まりのコース」という感じで付き合い始め、同棲生活も始まるのですが、例えばカッコつけて高級ホテルのサロンでお茶したりしても、周囲の人にくらべて彼女だけ馴染めていないのが見え見えです。
そんな中で、彼女の役割「ファンレター係」が効いてきます。サリンジャーとは、1951年の出版以来、今も読み継がれている青春小説『ライ麦畑で捕まえて(キャッチャー・イン・ザ・ライ)』の著者で、このベストセラーの喧騒に背を向けて、広い世の中との交わりを絶った人。エージェンシーはそんな彼に代わってファンレターに目を通し、「彼は読みません」という定型通りの返事を送り返しています。
そしてジョアンナはこの作業が実は大好きになってしまうんですね。ファンたちが綴る思い、手前勝手な望みなどその熱い思いは、自分も文学の大ファンであるジョアンナの琴線に触れ、特に吐露される『ライ麦畑』の主人公ホールデンと同じ「大人になれない悩み」は、彼女に自分自身を俯瞰するような視線を与えてゆきます。
でも映画が内省的にならずファンタジックで楽しいのは、手紙を読む彼女の周りにその差出人たちが現われ、直接語り掛けること。そしてジョアンナを演じるマーガレット・クアリーがすっごくチャーミングだから。人柄や表情がちょっとファニーなんだけど、バレエで鍛えた手脚は細く長く動きも上品で、ラスト近くに彼女はうっとりするような美しさです。90年代ファッションもすごくかわいい。魅力的な見どころです。
最後にひとつ、歴史のエピソードを。作品の中でも言及されているのですが「いくらエージェントでも、他人宛ての封書を開封して全部チェックするのって法律的にどうなの?」という部分。この背景にあるのは、音楽界を変えた伝説的バンド「ビートルズ」の中心で、70年代のベトナム戦争の反戦の象徴的人物ジョン・レノンが暗殺された事実。この時の犯人がたずさえていた本が『ライ麦畑』。エージェンシーがファンレターをチェックするのはこのためです。描かれる性と暴力に紐づいた青春が反道徳的とされ、アメリカの一部の州の教育機関では禁書になっている作品でもあります。
『マイ・ニューヨーク・ダイアリー』
監督・脚本/フィリップ・ファラルドー
出演/マーガレット・クアリー、シガニー・ウィーバー、ダグラス・ブース、サーナ・カーズレイク、ブライアン・F・オバーン、コルム・フィオールほか
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9232-2437 Québec Inc-Parallel Films (Salinger) Dac © 2020 All rights reserved.
5月6日(金)新宿ピカデリーほか全国ロードショー。
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