映画ライター渥美志保さんによる連載。ジャンル問わず、ほぼすべての映画をチェックしているという渥美さんイチオシの新作『GAGARINE/ガガーリン』をご紹介。作品の見どころについてたっぷりと語っていただきました!
厳しい現実から人間を救う、イマジネーションのきらめき
一般人でも大富豪なら宇宙に行けたりする時代に生きるGINGER世代にとっては、ちょっと耳慣れないガガーリン。「誰それ?」って話だとは思いますが、ガガーリンはロシアの宇宙飛行士で、人類で初めて宇宙飛行をした人物。映画の舞台は、その人物を称えて名付けられた古い団地(実在)なのですが、この映画の何が素晴らしいって、その団地を捉える映像が、まるでレトロなSF映画みたいだってこと!
主人公のユーリは、ここに一人ぼっちで暮らす15歳の移民の少年で、宇宙が大好き。でも「将来は宇宙飛行士になる!」という具体的な夢を思い描いているしっかりものじゃなく、宇宙に対して「ここではないどこか」を夢見ている感じでしょうか。貧しい暮らしの彼の部屋には、壁には宇宙に関する記事やポスターが貼られ、天井からはその辺にあるものを利用して手作りした太陽系のモビールが下がっています。
映画は、そんな少年の目から見た「ガガーリン団地」を捉えていくのですが、「これがほんとに老朽化した団地?」と思うような映像だらけ。ガガーリン団地のレトロな外観とか、ユーリが尋ねる建設資材のガラクタ屋のオレンジ色の倉庫とか、薄暗い階段をゆーっくりと回りながら俯瞰で捉えるショットとか。
前半にもそれらしきものは多いのですが、住人が全員退去した団地の中に一人で暮らし始めるユーリが、「宇宙ステーション」を真似て部屋と部屋の仕切りをぶち壊しながら作っていく空間は、ほんとに宇宙ステーションみたい。
映画はその合間合間に、ものすごくポエティックな場面――例えば離れたビルに住む恋人ディアナと、小さなライトを使ったモールス信号で会話をしたり、無数の穴をあけた壁から入る光で「星空」を作ったり――を差し挟んで、映画全体をファンタジーのような美しい世界に作り上げています。
ユーリはなんで一人ぼっちで住んでいるのかといえば、両親が離婚し母親が新しい恋人と新しい家族を作り……ありていに言えば、両親に捨てられてしまったから。恋人のディアナはロマで、大家族とともにバラックとトレイラーハウスで暮らしています。
パリ郊外のガガーリン団地は工業都市の住民が暮らすニーズによって作られた団地ですが、その後は貧しい移民が暮らすように。日本人のパリのイメージからは程遠いリアルなフランスがそこにあります。
そうした世界の大変さを、嘘で覆い隠すことなく、それなのになんだかキラキラした世界として成立させているのが、この作品の素晴らしさ。物の見え方って、本当に見方による、切り取り方によるし、これこそが映画にできることだなぁと実感できる作品です。
『GAGARINE/ガガーリン』
監督/ファニー・リアタール&ジェレミー・トルイユ
出演/アルセニ・バティリ、リナ・クードリ、ジャミル・マクレイヴン、ドニ・ラヴァンほか
(c)2020 Haut et Court – France 3 CINÉMA
http://gagarine-japan.com/
※2月25日(金)新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開
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