映画ライター渥美志保さんによる連載。ジャンル問わず、ほぼすべての映画をチェックしているという渥美さんイチオシの新作『ちょっと思い出しただけ』をご紹介。作品の見どころについてたっぷりと語っていただきました!
過去の恋とともに、人は生きている
映画の主人公は、元ダンサーで今は舞台の照明係りをしている照生と、タクシードライバーの葉(よう)。6年前の照生の誕生日に出会い意気投合、親友になったふたり。今の関係を壊したくないという思いが強い照生が、ようやく葉との恋に踏み出したのはちょうど1年後。なんてことのない日常が二人でいれば最高に楽しい一日になる、そんな関係がしばらく続いたある日、怪我をした照生はダンサーとして再起不能に。
夢を失って混乱し、そうした状況を受け入れるまでに時間が必要な照生と、そういうときこそ一緒にいたい、一緒に乗り越えたいと考える葉の間には、小さなズレが生まれてゆきます。
…とこんなふうに要約して文字にしてみると、どこにでも転がっていそうな恋愛なのですが、映画が独特なのは、すでに恋が終わったところから始まること。冒頭の1日は照生の誕生日で、1年前の誕生日、2年前の誕生日…という具合に、物語は出会った6年前の誕生日までさかのぼってゆきます。
恋をした人ならたいていが思い当たると思いますが、誕生日って意外と波乱が起こる日ですよね。付き合ってるのか付き合ってないのか微妙な時期には「誕生日に会う約束はしてくれないんだな」とか「別の誰かからもらったプレゼント持ってるな」とか思ったりするし、恋愛が盛り上がっているタイミングならなんてことないものまでキラキラと特別に見えるけど、「誕生日なのになんで?!」という相手のふるまいを見て「もう私たちは終わりなんだな」なんてことに気づいたり。
冷静に考えたら「誕生日」だって、他の364日と何も変わらない普通の一日なんですが、なんだか特別で、意味があるように思えてしまう。それこそが恋をしている(ある種の病のような!)証拠でもあります。
二人を演じるのは池松壮亮と伊藤沙莉。この二人の「いちゃつき」というより「じゃれあい」のような仲良しぶりが本当にナチュラルで可愛いくて、すごく幸せな気持ちになります。
特に中盤、夜の水族館でのデートがすごく魅力的。単に私が水族館が大好きというのもあるんですが、「この世界に二人きりしかいない」みたいな恋の気分が映像化されている気がしました。
この1年くらいで「すでに終わった過去の恋を懐かしむ系」の作品が何本か公開されているのですが、私はこの作品が一番好きです。伊藤沙莉ちゃんは『僕たちは大人になれなかった』でもヒロインを演じているのですが、もう全然違う。
完全男性目線でなんとなーく語り手の自己陶酔が漂う前作に比べ、目線としてはドライな感じ。でも、タイトル通り「ちょっと思い出しちゃうことってあるよね」っていう瞬間を、そういうときの照れくささも含めて描いている感じ、っていうんでしょうか。
全部見てわかるのは、恋が残念ながら終わっても、その恋の破片は自分の無意識の中に残っていて、今の自分を作っていること。「あんな恋なんてしなきゃよかった」と思う恋もありますが、恋に限らず「無駄な経験なんてない」と思える前向きさをくれる感じも、すごくいいなと思います。
『ちょっと思い出しただけ』
監督・脚本/松居大悟
出演/池松壮亮、伊藤沙莉、河合優実、大関れいか、屋敷裕政(ニューヨーク)ほか
(c)2022『ちょっと思い出しただけ』製作委員会
https://choiomo.com/
※2月11日(金・祝)全国公開
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