映画ライター渥美志保さんによる連載。ジャンル問わず、ほぼすべての映画をチェックしているという渥美さんイチオシの新作『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』をご紹介。作品の見どころについてたっぷりと語っていただきました!
ティモシー・シャラメほか超豪華なキャストが顔をそろえた、動く絵本の世界
東京・浅草に「銀座ブラジル浅草店」という喫茶店があります。ついでにその店のビルの一階は「シカゴ」という靴店で、「一体どこやねん!」と大阪人でもないのに大阪人風につっこみたくなるのですが、この映画のタイトル(原題)はなんだかそれとちょっと似た感じ。「カンザス・イブニング・サン別冊 ザ・リバティ フランス特報」って感じでしょうか。物語の舞台は、フランスにあるその雑誌の編集部。急死した編集長の遺言で廃刊が決まり、映画はその最終号に掲載された4本の記事を映像化してゆきます。
雑誌はあらゆるテーマを扱っていて、4本の記事はそれぞれに「旅」「美術」「政治」「食」を担当する記者によるもの。1本目は編集部のある町「アンニュイ・シュール・ブラゼ」を探索したもの。2本目は、芸術的才能を持つ囚人が描き出すアートのお話。3本目は5月革命で立ち上がる若き政治活動家の話。4本目はある誘拐事件で活躍する天才シェフのお話です。
と、こうして書いてみたものの、ウェス・アンダーソン監督の映画では、はっきり言えば物語なんてどうでもいい感じ。最大の見どころは極上の美術で、全ての場面、画面が隅から隅までカラフルでかわいらしく作り上げられ、動く絵本という印象。映像なんだけれど、いい意味でリアリティとか生々しさがまったくなく、動いている印象があまり残りません。
それぞれの記事に、それぞれ印象的な場面があり、例えば記者が架空の町「アンニュイ・シュール・ブラゼ」を自転車でぶらつく1本目は、同じ街角の過去と現在を並べて時の流れを見せたり、2本目の刑務所の暴動シーンでは、役者たちが「だるまさんが転んだ」方式(役者たちが実際に一コマ一コマ静止しながら撮影)で撮っていて、暴動シーンなのにぜんぜん怖くありません。「食」の話かと思ったら誘拐事件に発展する4本目では、激しいカーチェイスがセンス抜群のアニメーションで展開します。
この雑誌が、そもそもアメリカ南部のカンザス州に本拠地がある新聞が母体というのも、なるほどなーと思わせます。監督の旧作『犬が島』が、空想上の日本をえがいていたように、この映画もまたカンザス(監督の出身地に近いアメリカ南部)から夢見た、いわば「おフランス」のイメージをそのままに作り上げた世界なんでしょう。そうしてみると「アンニュイ・シュール・ブラゼ」っていう地名も「退屈の憂鬱」ってな意味合いで、空想上の「おフランス感」が満点です。
結構情報量の多い作品なので、理屈で見てしまうと翻弄されてしまうかもしれません。そこは気にせず、ただただ目の前に流れるセンス抜群の映像(そしてチョイ役に至るまで超豪華なスターだらけのキャスト!)に身を任せる楽しさを味わっていただけたらと思います。
『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』
監督/ウェス・アンダーソン
出演/ティモシー・シャラメ、フランシス・マクドーマンド、レア・セドゥほか
(c)2021 20th Century Studios. All rights reserved.
https://searchlightpictures.jp/movie/french_dispatch.html
※1月28日(金)全国公開
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