映画ライター渥美志保さんによる連載。ジャンル問わず、ほぼすべての映画をチェックしているという渥美さんイチオシの新作『ライダーズ・オブ・ジャスティス』をご紹介。作品の見どころについてたっぷりと語っていただきました!
復讐に燃えるお父さんが、踏み外したもの
映画は、いかにもサエない数学者、オットーが、ある列車事故に巻き込まれることから始まります。自分が席を譲ったために、自分の代わりに女性が死んでしまい、罪悪感に苦しむオットーは、仲間の「理系オタ」のオジサンたちと共に原因を究明。現場のさまざまな情報を分析し、事故がテロ組織「ライダーズ・オブ・ジャスティス」の仕業だった可能性に辿り着きます。
そして「女性の家族も死の真相を知りたいと思っているに違いない」とその夫マーカスを訪ねます。ところが。血の気の多い軍人で復讐心に駆られたマーカスは、その実行犯を締め上げるうち、勢い余って殺してしまうのです。
ここまで書くと、リーアム・ニーソンあたりがハリウッドでやりそうな「怒れるお父さんの復讐もの」という感じがしますが、この映画が描くのは実は全く異なります。オットー含めた「理系オタおじさんトリオ」は、当初はマーカスと一緒に「正義」を叫ぶわけですが、いきり立つマーカスに腰が引けて、それ以降は「殺すな!」と言い続けます。
映画宣伝は「リーアム系映画」のファンに訴えたい意図なのか、告編も宣伝ビジュアルも「バイオレントなアクション映画」のように作られているのが、個人的にはものすごく不満。というのも映画の見どころは、行きがかり上、マーカス家で始まった共同生活だから。
男性性ゴリゴリのマーカスと、父と不仲の娘マチルデ、その彼氏は料理上手なインスタグラマーで、ここに「理系オタおじトリオ」(一人はゲイ)、現場に居合わせてマーカスの殺人を目撃してしまったために連れてこられた男娼は、かなりヘビーな身の上のウクライナ出身の外国人労働者で――実はものすごい多様なコミュニティができあがるんですね。そんななかで、それまではまるで軍の下士官のように有無を言わさず父親に従わされてきたマチルデは、新たに開けた多様な価値観に救われてゆきます。
特にいいのは、マチルデとオットーの関係です。「すべてのことには理由がある」と考える数学者であるオットーは、母の死に理由があると思いたいマチルデを「人間が『偶然』と呼ぶものは、その裏にある無数の情報が見えていないだけ」と慰めます。そしてその一方で「でもたとえ理由がわかっても、慰めにはならない」と諭すのです。このマチルデへの優しさの裏には、オットーのつらい過去も見えてきます。
さてこの「偶然はあるのか?」というのは、意外とこの映画のテーマにもなっていて、後半の驚愕の展開にもつながってゆきます。英語に詳しくないんですが、「ライダーズ・オブ・ジャスティス」って、「正義に乗っかる人たち」というくらいの意味でしょうか。「自分たちこそ正義」と信じる人たちの危うさを、映画はコミカルに皮肉っています。物語もテーマもシリアスですが、ぜんぜん重くない。笑って泣いて、見終わった後にはあまりの展開に放心。めちゃくちゃ面白い作品です。
『ライダーズ・オブ・ジャスティス』
監督・脚本/アナス・トマス・イェンセン
出演/マッツ・ミケルセン、ニコライ・リー・コースほか
(c)2020 Zentropa Entertainments3 ApS & Zentropa Sweden AB.
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※2022年1月21日(金) 新宿武蔵野館ほか全国公開
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