映画ライター渥美志保さんによる連載。ジャンル問わず、ほぼすべての映画をチェックしているという渥美さんイチオシの新作『ファイター、北からの挑戦者』をご紹介。作品の見どころについてたっぷりと語っていただきました!
脱北した女性ボクサーの人生と恋
この映画を見て思い出したのは、少し前に、ある超有名スポーツ解説者の女性ボクシング&ボクサーに対する、びっくりするような差別的発言です。まあそれは後で触れることにして。物語の主人公は、北朝鮮から脱出してきた、つまり脱北女性のボクサーです。
周囲の差別と偏見にさらされる人間は、常に身を固くしているものです。韓国に一人逃げてきたジナはそういう女性。国からの“他生の縁”はありますが、日々のことで頼れるのは脱北を手配してくれたブローカーのお兄さん(おじさんと呼ばれるのを嫌がるため、仕方なくお兄さんと呼んでいるおじさん)だけ。親切に案内してくれる不動産屋の男性は、待ち伏せされて迫られて、断ったらキレるというお決まりのセクハラ。そりゃ警戒心の塊にもなるわ、という展開です。
そんなジナの心を、ボクシングが捉えます。バイトでボクシングジムの掃除をするうち、事務で働く青年に「教えようか?」なんて言われても、素直に「はい!」と言えないのは、「北出身」というだけで、軍人とか暴力的とか悪者とか偏見の目で見られている気がするから。
でも暇さえあれば動画が見たくなるし、実は北にいた頃の訓練で腕に自信もなくはないし、そのうち誰もいないジムでこっそりサンドバッグを打っているところを見つかったりして。ようやく素直になれたのは、「ボクシングでお金を稼げる」と聞いたから。
初めて相手にパンチを食らわせた瞬間は、ジナの心が初めて解放された瞬間で、そこから彼女の人生は動き始めます。
例のスポーツ解説者は「女性でも殴り合いが好きな人がいるんだね。どうするのかな、嫁入り前のお嬢ちゃんが顔を殴り合って。こんな競技好きな人がいるんだ」と、もはやどこから突っ込めばいいかわからないほどひどいことをのたまったわけですが、そこにあるのがスポーツの喜びであるなら、女性が殴る、殴りたいことになんの問題もないはずです。
女性ボクサーの映画といえば、ミシェル・ロドリゲス(『ワイルド・スピード』主演)のデビュー作『ガールファイト』('01年作品)と、オスカー受賞作『ミリオンダラー・ベイビー』('04年作品)を思い出します。
前2作のヒロインたちと同じように、ジナも貧しい暮らしをしていますが、彼女たちとジナの違いは、そのままの姿を肯定し愛してくれる男性がいること。この恋がすごく可愛い。女性だって殴るし、殴る女性だって恋もする。それをまっすぐに描く映画の登場は、時代が着実に変わっている証拠かもしれません。
『ファイター、北からの挑戦者』
監督・脚本/ユン・ジェホ
出演/イム・ソンミ、オ・グァンノク、ペク・ソビンほか
11月12日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開
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