日々言葉について思考を巡らせている書画家・夏生嵐彩。今回は、展覧会のお知らせです。
皆さんこんにちは、夏生です。突然ですが問題です! 下の画像、どこが手書きでどこが印刷でしょう?
今回は紙や墨など、素材に関するビックリなお話をします。
というのも、現在、書道とグラフィックのコラボ展覧会『筆とマウス』を渋谷・ヒカリエにて開催中ということもあり、書道の道具や印刷に関する面白い技術をお伝えしたいのです!
書道とグラフィックの相性はいかに
今までさんざん手書き文字の解説をしてきましたが、実は私、フォントやらグラフィックデザインやら大好き人間なのです。書道では出せないようなヌルっとした曲線といい、「もうこっちの明朝体とそっちの明朝体、一緒やん!」って言いたくなるのに次々と出てくるオタク級の日本語フォントたちといい…。フォントって文字への愛しか感じないと思いませんか?
そこで、文字フェチの書家である私と、タイポグラフィ(グラフィックによる作字)も手掛けるグラフィックデザイナーが合同作品を作り続ける挑戦をしてみたら面白いことが起きるのでは?! と企画したのが今回の展示会です。ということで、実際の作品を交えながらどういう風に素材を使って作品を表現したのか解説していきます!
インクは積めるよ、どこまでも…
皆さん、ご存知でしたか? インクは何層にも積めることを!
すごく特殊なインクを使うわけではなく、ただひたすら同じ版で同じ場所に印刷をし続けるという、とんでもなく時間のかかることをプリンターにやらせると、インクだけで立体的な厚みが出せるのです。
そんな面白いことができると聞いてやりたくならない人なんていないですよね? はい。なので私たちもやっちゃいました(笑)。しかも、印刷会社の人もやったことのないくらいモリモリと! 巨大な紙に! プリンタが徹夜して刷ってくれたらしいその作品は「これ、厚紙を張り付けたんだよね?」と思うほどにくっきりとインクが積まれています。
実際に手で触ってみると面白い感触なので、普段美術館などでは作品に手を触れるのは絶対NGですが、今回来ていただく方はぜひ触ってみてください。
印刷最大の大きさは何メートル?
ところで、印刷物って最大何メートルまで作成できると思いますか? 普段どんなに大きなポスターを見ても、両手で持てそうなサイズしか目にしないと思いますし、大きい!って思うものは、たいてい何枚かに分かれていますよね。印刷の最大サイズはなんと、3200mm×2030mm。もちろんそれ以上できる機械もあるかもしれませんが、都内でも有数の特殊な機械を持った会社で聞いてそのサイズだったのです。
3メートル?! どんなプリンターを使うの?!って想像できないですし、やってみたくなりませんか…?
というわけで、これもやっちゃいました(笑)! しかも、普段は印刷で使わないような書道用の和紙に私が墨で絵を書き、その上からグラフィックデザインをのせるという方法を試してみました。
まず、その紙に印刷できるかわからない。できたとして、紙に描いてある墨絵に合わせたデザインをミリ単位でずれないように印刷できるかわからない…。というところからのスタートでしたが、できるかわからないような事をやってみたくなるのがクリエイターというものでして、それが2人合わさると、更に拍車がかかってしまうようです。
その印刷最大級のものがこちら!
大きい!! 真上から撮影するのは不可能でした(笑)。これを実際に展示すると見上げるほどの大きな作品なので、ぜひ迫力を実感してみて下さい。
墨の黒と、インクの黒
墨には主に2種類あります。菜種や胡麻の油を燃やした煤(すす)からとれる油煙墨と、松の木を燃やした煤からとれる松煙墨です。同じ墨でも油煙墨は紫紺系~茶系の黒色が出て、松煙墨は青系の黒が出ます。
一方、印刷用インクは多岐に渡りますが印刷方法(凸版、凹版、平版、孔版、インクジェット…)や印刷の用途によって適切なインクが使われます。
墨の複雑な黒と、インクの単一な黒とのギャップは、頭でイメージする以上に面白い形で表現されます。さらにインクを物理的にカッターや消しゴムなどで削ったり、墨で書いたものを印刷したり、と色々な試みをしていると、作品に現れる黒が「これはどこまで印刷?どこが手書き?」という境界線がまったく分からなくなる面白さがあります。
墨とインクの差は紙によっても現れ方がまったく違うので、その差を観察してみると味わいが倍増することでしょう。
全部試したい!実験大好きおじさんたち
とはいえ「書道とグラフィックのコラボって具体的にどうやってやるの?」と思いませんか?
パッと想像できるのは、ラーメン屋さんのロゴデザインのように書道で書いたものをデータにしてグラフィックで加工する、という方法ですよね。もちろんその手法もやっていますが、それだけでは面白くありません。というか私もデザイナーも仕事で普段からやっているようなことです。
今回は考えられる全パターンを試しました。
グラフィックで一部分書いたものを印刷して別の部分を書道で書く
このパターンは、印刷用紙に墨がのるのか?というのが一番の問題。印刷用の紙は和紙でもにじまないような加工が施されているので、コピー用紙に書く感覚と同じでしたが、それでも紙によってにじみ方やはじき方が全然違いました。
逆に洋紙のような質感なのに親水性が高くてしっかりにじむ紙もあったりして、書道の紙では表現できないような墨の風合いが出せました。
刷り上がってきたものも、まったく同じ印刷方法と同じインクを使っていても紙によってグレーに見えたり、真っ黒でテカテカになったりしていて、違いがはっきりと出ました。
書道の和紙に墨で字を書き、一部をグラフィックで書く
これ、はじめは無理だと思っていました。書道用の薄い手漉き和紙は紙の目が粗いのでインクがにじんでしまうし、機械を通すときに詰まったり破れたりしてしまうからです。
実際、ローラーの筋が入ってしまってダメになってしまったり、しわが寄って印刷が飛んでしまったりと、たくさんの失敗をしましたが、インクを上から吹きつける特殊な方法で実現しました。
書道用の紙に印刷すると、墨とインクの違いが全然分からなくて、自分たちで見ても「ここ私が書いたところ?」「いや、たぶんこっちが墨でこっちがデザインで書き足したところ…あれ? わかんない(笑)」というくらい色がなじんでいて驚きました。
書道で書いたものをスキャンしグラフィックで書き足す
これは冒頭でお伝えした方法ですね! でも「書道→グラフィックでお任せ!」という形ではなく、zoomで画面共有をして「もうちょい右! 時計回りに傾けて!」とか言いながら共同で作ったり、それが印刷されたあとにまた手書きで書き足したりということもしているので、普段の手書きデザインの仕事とはひと味違うやり方を試しています。
白紙に戻した制作秘話
10/24(日)14:00から、ギャラリートークにてここでは書ききれないような制作秘話をお話しします。実は今回の展示に向けて順調に10作品ほど書いたあとに、いったん白紙に戻したりしました。なんで? どうして? もったいない!
私たちも悩みましたが結局やり直すことに。そんなお話や、書道やグラフィックの専門的なお話をフランクにトークしたり、もちろん作品の解説などもします。会場は無料なので、いつも連載『言葉の森』で解説している「文字のバランス」ってこういうことか~!と体験しに来てください。いつでもお待ちしております。それではまた!
筆とマウス
会期/2021年10月21日(木)~11月3日(水・祝)
会場/渋谷ヒカリエ8FギャラリーCUBE
10月24日(日)14:00~ギャラリートーク(参加無料)
https://www.hikarie8.com/cube/2021/09/post-103.shtml
夏生嵐彩 https://www.natsukiart.com/
藤巻洋紀 https://zyla.jp